ローマ教皇フランシスコのウクライナ戦争の和平調停の平和特使、イタリア司教会議議長のマッテオ・ズッピ枢機卿は14日、中国の北京を訪問し、長期化するウクライナ戦争の和平調停問題、穀物の輸出再開などについて、中国外務省ユーラシア担当の李暉(Li Hui)特使と会談した。
フランシスコ教皇は5月、ボローニャ大司教でありイタリア司教会議(CEI)の議長でもあるズッピ枢機卿をウクライナ戦争の平和使節に任命した。教皇の要請を受け、同枢機卿は6月6日、キーウを2日間訪問し、ゼレンスキー大統領と会談し、6月28日にはモスクワでロシア正教会最高指導者、モスクワ総主教キリル1世と会談した。その後、7月17日にワシントンに飛び、18日にバイデン米大統領と会談し、教皇の親書を手渡し、バチカンの和平案について協議を重ねてきた。
特使にとって、北京訪問はバチカンの平和外交の最後の訪問国となるだけに、その成果が注目された。ちなみに、中国とバチカンの間には外交関係はない。
ズッピ枢機卿の北京訪問の日程は13日から15日の3日間だ。フランシスコ教皇はズッピ枢機卿の外交「緊張の緩和」のための「平和攻勢」と呼び、特使の外交に期待してきた。
ズッピ特使と李暉外務省ユーラシア担当特使との会談内容については公表されていないが、北京側の声明によれば、「会談はオープンで温かい雰囲気の中で行われた。対話を促進し、平和への道を見つける努力をする必要性が確認された」という。また、会談では食糧安全保障の問題も取り上げられたという。
ズッピ枢機卿の会談相手の李暉特使は同様に、中国政府からウクライナにおける平和の道を模索する使命を受けている。同特使は過去数か月間にウクライナやロシアだけでなく、ブリュッセルの欧州連合(EU)本部、そしてドイツ、フランス、ポーランドでも「政治的解決」についての協議を行ってきた。
なお、ズッピ特使の平和使節の旅程に中国が含まれていることについて、フランシスコ教皇は8月、スペインの雑誌ヴィダ・ヌエバのインタビューで「アメリカに加えて中国が紛争の緊張を解消する鍵を握っている」と説明している。
フランシスコ教皇のウクライナ戦争の和平調停に関する意欲は理解できるが、現実は厳しい。教皇自身がウクライナのゼレンスキー大統領との会談(5月13日)で分かったはずだ。ゼレンスキー大統領はイタリアの首都ローマを訪問し、セルジオ・マッタレッラ大統領とメローニ首相らと会談した後、同日午後、ローマ・カトリック教会の総本山、バチカン教皇庁を訪れ、フランシスコ教皇と会談している。
会談は40分間余り続いた。ゼレンスキー氏は会談の中で、教皇にロシアのウクライナへの軍事侵略を明確に非難するように求め、「被害者と侵略者の間には平等はあり得ない」と強調したという。フランシスコ教皇は調停役を演じるためにはキーウとモスクワの間で「中立的な立場」を維持することが前提条件と考えているからだ。
ゼレンスキー大統領はフランシスコ教皇との会談後、テレビとのインタビューの中で、「ウクライナには調停者は必要ない」と明言している(「ゼレンスキー氏『教皇の調停は不必要』」2023年5月15日参考)。
一方、中国外務省は今年2月24日、ウェブサイトで12項目の和平案を発表し、両国に紛争の「政治的解決」を求めている。「ウクライナ危機への政治的解決のための中国の立場」とタイトルされた和平案では、「紛争当事者は国際人権を厳守し、民間人や民間施設への攻撃を回避しなければならない」と明記され、第1項目は「国家の主権を尊重:一般に認められている国際法と国連憲章は厳密に遵守されなければならない」と記述されている。
しかし、李暉特使は訪問先の欧州で、ウクライナ東部の占領地域をロシアに「譲渡」し、即時停戦を促すよう求めたという。駐モスクワ中国大使を務めたことがある李暉特使が提示した和平案はロシア軍の侵略を容認する内容であることが明らかになったばかりだ(「中国の和平案は『ウクライナ領土分割』」2023年5月28日参考)。
キーウのギリシャ・カトリック教会のスヴャトスラフ・シェフチュク大司教はローマで行った記者会見で、「ズッピ枢機卿の北京訪問に期待する。教皇は戦争に甘んじないこと、聖座と教皇が私たちの国で起きていることに無関心でないこと、そしてこの無意味な戦争を終結させるためにどんな可能性でも模索されていることが明らかになった」と評価している。ウクライナ人の大半は正教徒であり、人口の約6%がギリシャ・カトリック教会の信者だ。
いずれにしても、ズッピ特使はこれでウクライナ和平交渉に関係する国を一通り訪問した。同特使がウクライナ和平の可能性についてどのような感触を得たかは明らかではないが、ウクライナとロシア間は目下、ウクライナ軍の攻勢を受け、戦闘は激化の兆候が見られ、和平停戦の可能性は依然見えてこない。バチカンで外交の名手といわれるズッピ特使だが、フランシスコ教皇の願いに答えることは容易ではない状況だ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年9月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。