黒坂岳央です。
インボイス制度は賛成派と反対派にわかれて未だに議論がなされている。インボイス制度の賛成派の意見として「免税事業者はこれまで消費税のタダ乗りをしていただけ。今回の制度で潰れてしまう事業者などなくなってしまえ!」というものをよく見る。
資本主義経済は残酷であり、自由競争に破れて市場から退場するエコシステムに反対するつもりはない。不要なものは消え、必要とされるものだけが残るべき。確かに正論である。
しかし、この制度で致命的な打撃を受ける業界がある。そしてその影響は日本国民全員に波及する。一体、どの業界だろうか?
それは「農業」である。ただでさえ、円安などで燃料費が高騰しており高齢化で就農者も減り続けている。いつまで「国産野菜、国産フルーツ」が食べられるか分からない状態に来て、インボイスでとどめを刺されてしまわないだろうか?
インボイスが農業に与える打撃のヤバさ
農林水産省が発表する農林業センサスによると、販売農家103万戸の約9割が売上1,000万円以下の免税事業者となっている。あらゆる業界の中で最大級の影響を受けるのが農業なのだ。
確かに一部の農家で企業経営的に大規模栽培を展開しているところもある。だが、現実的に多くの農家はそうではない。地方ではサラリーマンをする傍らで、兼業農家をする人は珍しくないしインボイス制度のことなどとうてい対応できないような70代、80代の高齢者も多い。
道の駅に出ている野菜のパッケージには個人農家の生産者の名前が書いてあり、「◯◯さんの作るれんこんは絶品だから」と地元ではよく知られる野菜や果物作りの名人もいる。
このインボイス制度の導入によって、離農を決意する人が増えれば困るのは生産者本人に留まらない。後継者の担い手がいない農家も多く、そうなればシンプルにポッカリと生産量が減少するだけである。すなわち、国産野菜と果物の危機を意味する。
「野菜や果物は安価な海外輸入でまかなえば良いではないか」という人もいるかもしれない。だが工業製品や冷凍可能な食材と異なり、痛みやすい生鮮食品は長期の輸送期間が致命的となる。無理に海外輸入をしようとすると、ものによっては未熟な段階で収穫して運ぶことになり、味や栄養価の面で問題が生じる。
我が国における農業はAI、ITの入る余地は現時点では決して大きいと言えず、手間暇や労力と味や栄養価は比例するので労働集約的で人的資本に頼らざるを得ない。インボイスで離農が加速すれば、食料自給率にも影響を与えることになり、これはもはや食料安保の領域に及ぶ話になりえるのではないだろうか?
離農リスクへの解決方法はないのか?
離農による食料自給率低下の危機はインボイス制度が直接的な原因ではない。後継者不足やビジネスの収益性など、もっと根本的な問題を抱えている。では具体的にどうすれば離農リスクをヘッジできるのだろうか?実現可能性はさておき、とりあえず形にできるソリューションを列挙したい。
まずは農業についてのインボイス制度の対応を見直すことである。すでに農業は手厚く保護されているという主張をする人もいるし、農業だけ特別視するのはどうかという反論も想定される。
だが、平等に制度を導入することだけを目的化してしまうのではなく、日本の国家が食料自給率や農業という代替不可能な必須産業の重要性をどう見るか?と考えることはできないだろうか。そもそも、インボイス制度だけどうにかしてもすでに農家の置かれた立場はジリ貧に近い状態といえる側面もある。もっと根本的な問題の見直しが必要だ。
別のプランとしては、農業を収益性の高いビジネスとして育成できないか?という、インボイス制度の導入要否とは全く異なるアプローチである。学べるのはオランダの農業だ。
同国における農業は成功といえる。農産物輸出量は、アメリカに次ぎ世界第2位である。国の面積や日照時間など、多面的に見て日本よりハンディを抱えているはずの国家でも生産性を向上させることはできているのだ。農業とITの融合のスマートアグリが鍵となりそうだが、テクノロジーや規制の点ですぐには実現が難しい。現在は高齢者の個人農業者がなんとか持ち超えている状況だが、ビジネスとして企業経営的に収益性の高い産業へと抜本的な改革ができれば、外部からの人的資本の流入も期待できるだろう。
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このインボイス制度は間違いなく生産者に対して逆風になることはあっても追い風になることはない。逆風で離農を加速する可能性を否定することは難しい。国産野菜や果物がスーパーの棚から消えてしまう未来など、日本に住む日本人は誰も望まないはずだと信じたい。
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