1万円と500円のシャインマスカットの違いって何?

黒坂岳央です。

シャインマスカットが大幅に価格が下落している。少し前まではどこでも2000〜3000円前後の価格が多かったが、ここへ来てなんと1房500円台で売られているものも出ている。

激安シャインマスカット登場のメディア報道に対し「価格が手頃になるのはありがたいこと」「食べやすいフルーツが広がれば喜ぶ人も増えるのでは?」といったコメントが目立つが、実は決して手放しで喜べる話ではないと思っている。

今では1万円と500円のシャインマスカットが見られるようになった。この価格差は何か?そして大幅に値段が下がってしまうことの問題点は?これらを取り上げたい。

ぶどうブドウ葡萄

TATSUSHI TAKADA/iStock

なぜ価格が急落したのか?

元々はかなり高値がつけられていたシャインマスカットが、急激に価格が落ちている理由は何か?それは複合的な原因が存在する。

1つ目は生産量が大幅に増加したことである。農林水産省の発表では、栽培面積は2010年は256ヘクタールで、10年後の2020年で2280ヘクタールへと9倍に拡大している。東京都中央卸売市場における「シャインマスカット」の産地別年間取扱実績によると、元々の産地は長野県や山梨県、岡山県、山形県などの主要なブドウ生産地だったが、現在では人気が広がって全国区へと広がっている。

もう1つは輸出の減少である。シャインマスカットは元々、日本が開発したブランドぶどうだったが、韓国や中国に流出してしまった経緯がある(過去記事次は和牛が標的。中国・韓国に「盗まれ放題」はもう許されないを参照されたい)これにより、中国や韓国のぶどうとも競争が起こっていることに加えて、日中関係の悪化で特に香港への輸出量が減ってしまい、ダブついたことによって価格下落の原因となっている。

500円と1万円の違いは?

シャインマスカットは500円と1万円のものがある。「同じぶどうなのだから違いなんて大してないのでしょう?」と思われるかもしれない。だが、両者は同じぶどうのマスカットカテゴリと思えないほどの違いがある。一言で言えば品質の違いだが、その差は普段は果物を食べない人であっても一口で別次元の違いが分かるほどである。

500円のシャインマスカットについて、以下はあくまで「高級品と比較した場合のあくまで全体的傾向」での話であることをお断りしておく。中には500円と思えないような高品質のものもある。まず、色はくすんでいるものがあり、粒は不揃いで全体的に小ぶりの傾向である。味も酸味が強かったりで品質は安定しておらず、家庭用の消費には良いが、このぶどうを食べて「人気のシャインマスカットといってもこんなものか。単なる種無しぶどうで普通の味ではないか」と判断してしまうとこのぶどうのポテンシャルを見誤ってしまうだろう。

翻って高級品は宝石のように美しい色だ。収穫現場でもカラーチャートを用いて適切な時期の判断をしており、美しい色は見た目だけではなく品質にも反映されている。香りは貯蔵温度でも異なり、マスカット香はリナロール、ネロール、ゲラニオールなどが成分であり「紅茶のような香り」と評されるものもある。食感もパリッと弾ける感触を楽しむことができ、酸味と甘味のブレンドが正しく絶妙な味だ。形も大ぶりで美しい。筆者は始めて食べた時はあまりにも衝撃的で「こんなにおいしいぶどうが世の中にあるのか!?」と驚いてしまったことを覚えている。

低価格と高級品の違いはワインでたとえるとわかりやすいかもしれない。500円のデイリーワインと、数万円のそれなりのワインとでは同じ容量でも品質には別次元の違いがある。数万円のワインを「高い!」と評する人もいるし、「この年代このぶどう畑で収穫されたものとしては、大変お買い得だ!」と考えるワイン通もいるのに似ている。高級ワインを日常的に消費する人は少なく、盛り上げたいイベントや贈り物で活用されるシーンが多い。シャインマスカットもそれと似たような感覚ではないかと思っている。

安いぶどうに喜ぶ消費者、泣く農家

シャインマスカットの価格が大幅に下落すれば、消費者は喜ぶだろう。手が出しにくかったぶどうが手頃になれば、全体的な消費量も増えて果物離れに歯止めがかかるのではと考える人もいる。

だが、長期的に見てこのトレンドは決して手放しで喜べるものではないと考える。理由の1つ目はブランド価値の毀損である。果物の開発にはとてつもない手間と時間とコストがかかっている。ITのイノベーションと違って、優秀な人がいれば生み出せるというものではなく、気が遠くなるほどの試行錯誤の末に優れた新品種は出るものなのだ。せっかく収益性に優れた品種ができても、あっという間に値崩れしてしまうトレンドが確立すれば開発側、生産側のインセンティブが低下する懸念がある。

もう1つはシャインマスカットが築いてきた「そこそこ高いけど味は抜群」という信頼が崩れてしまうリスクがある。上述した500円と1万円は同じぶどう、同じシャインマスカットと名前がついていてもまったく別のフルーツといっていいほどの違いがある。

スマホでたとえるとAndroidのハイエンドモデルと、激安モデルのような違いだ。Androidスマホはの品質は玉石混交であり、ハイエンドモデルは一部iPhoneを超えるようなスペックのものもあるが、一方で激安モデルは使っていて処理速度が遅かったり、カメラの解像度が低かったりと値段なりの品質だと感じられることもある。同じスマホ、同じAndroidOSというカテゴライズの中でも品質は大きく違う。シャインマスカットの問題点は、スマホと違ってスペック表もなければ製造番号もつけられていないことである。フルーツに詳しいわけではない一般消費者は見分けることは難しい。

安いシャインマスカットが広がりすぎると、「シャインマスカットはおいしいと話題だけど、実際は大したことはない」というイメージが浸透してしまいかねないだろう。過剰といえるレベルの値崩れが起きることは、開発、生産、消費者全体にネガティブな影響を与えてしまうと考えている。シャインマスカットに「安物ブランド」のようなイメージが広がってしまうことは、喜べないのである。

 

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ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。