司法の怠慢を問わない内ゲバ論争
ジャニー喜多川元社長による性加害事件を巡り、ネット、ワイドショーばかりでなく、街のうわさ話でも連日、大論争が続いています。広告スポンサー企業の社長、財界人まで巻き込み、ピント外れの意見、叩きやすいところを叩く類の主張もあふれ、とどまるところを知りません。
ジャニーズ騒動で最も欠けているのが4、50年近くにわたって広く知られ、数百人の未成年の被害者がおり、告発本も複数出版され、04年には最高裁が被害者に対する賠償金の支払いを認める判決を下したのに、動きがなかったことに対する批判です。
警察、検察は捜査に乗りださなかった。今年7月に施行された改正刑法でやっと、未成年男子を含め、性加害に対する処罰が厳しくなりました。早く措置しておけば、被害をもっと少なくすることができた。司法の対応が遅すぎるのです。そのことに対する政府側の見解も聞かれない。
ジャニーズ事件に多くの論点、視点があり、それぞれ掘り下げなければならない問題です。不思議に思うのは、司法の怠慢を徹底的に叩く主張が希薄すぎるということです。叩きやすいところを叩く、感情的、感覚的に分かりやすいところだけ叩くという、低レベルのお馴染みの流れです。
「性加害者喜多川元社長が死去(21年、87歳)しており、犯罪を立証しても不起訴になるだけ」、「性犯罪は被害者の申告が必要なのに、ほとんどがジャニーズ事務所の最高権力者に背けず、泣き寝入りをせざるを得なかった」、「犯罪は50年も前から続き、多くが時効になっている」。だから事件化できず、関係者はうろうろしているだけです。
さらに「日本の青少年保護法はゆるゆるで、ごく最近まで被害者が男性なので深刻に受け取られていなかった」、「テレビ局はジャニーズ・タレントで視聴率を稼げた。親会社の新聞も見て見ぬふりを続けた」、「企業もCMに彼らを多用し続けた」。ほかにもいろいろあるでしょう。
利害関係が複雑に絡み、多様な角度から論じなければならないのは、事実としても、司法の怠慢をつく声をあまり聞かない。松野官房長官も「性加害はあってはならないこと」と記者会見で発言するなど、何を今さらという感じでした。
「ジャニーズ・タレントも被害者であり、彼らの活躍の場を奪うのは酷だ」(経団連会長)。そういう面もあるでしょう。反面、「彼らを起用し続けることは、国際的に非難のもとになる。日本企業は断固として毅然たる態度を示さなければならない」(経済同友会会長)。
「そういう経済界の企業がジャニーズをCMに使ってきたではないか。われわれは知らなかった。われわれも被害者だと、まず言わねば」(テレビのコメンテーター、読売新聞編集委員)。とにかく論点が拡散しすぎる。
何十年もふたをされていた問題が放置できなくなったのは、英BBC放送の特集番組とされ、「さすがに英国のジャーナリズムだ」と。そんなことはありません。「BBCの人気司会者が450人もの子どもに性的虐待をしていた疑いがあり、ロンドン警視庁が動いた」という国です。だからジャニーズ問題への感度が鋭かったのでしょう。
遅くともこの時点で、日本の当局は動かなければいけなかった。欧州ではなんども、カトリック教会の神父が児童、神学生への性的虐待が大問題になっています。セクハラばかりでなく、男女を含めて性的虐待を真剣に考えることは日本の警察、検察、児童福祉関係者に必要でした。CM企業、メディア関係者、識者らの発言のレベルが低すぎます。
法律は時代に合わなくなれば、改正するのが当然です。4、50年前はともかく、10、20年前にでも、性的虐待、性加害に対する法制を厳しくしておくべきでした。故人になっていない喜多川社長、経営幹部を逮捕、起訴できたでしょう。「当時の法制では、ジャニーズ問題を取り締まれなかった」と司法当局は弁解せず、「もっと早く法改正をすべきでした」というべきなのです。
「本人の被害申告」にいつても、だれかが言い出せば、次々に名乗りを上げだすでしょう。今回がそうでしょう。ジャニーズタレントが一人、勇気をもって言い出せば、同調する人がでてきます。今や「被害者の会」ができているではありませんか。旧法の規定でも、時効になっていない被害者も現在、おられることでしょう。司法当局は動くべきです。
新聞社が社説あたりで、そういう主張をしているのでしょうか。朝日新聞社説は「未成年への未曾有の人権侵害が間近で起きていたのに、結果的に見過してきたメディアの動きはまだ鈍い」(9日)、「ジャニーズ事務所が隠蔽体質を強めて被害を拡大し続けたのは、メディアが沈黙し、適切な批判をしなかったからだ、と調査報告書で指摘された。深く反省したい」(8月31日)と、そこまでは言います。
その朝日新聞は、週刊朝日(6月に休刊)は表紙の写真にジャニーズ・タレントと多用してきました。今年になって、人物を表紙に使った18号中、なんとジャニーズは14号分も数えるとか。ジャニーズを表紙に使うと売り上げが増える。記事の内容ではなく、表紙が転売市場でカネになる。
休刊の理由は出版不況によるとされています。いや、出版不況ばかりでなく、今回の事件を予感し、休刊してしまったような気もします。今頃、間に合ってよかったとほっとしているかもしれない。ともかく、自らもジャニーズを多用した理由を明らかにすべきです。
最後に、「メディアの責任」の問題も複雑でしょう。現場の制作担当者レベルに「ジャニーズの起用にケジメをつけよう」と決断した人物がいたとしても、そうしたら恐らく左遷されるに違いない。
ジャニーズのように、長年にわたり、巨額の利益を得ることができたプロジェクトの扱いは経営トップが決断し、組織としての決定にしないと動けないのです。そういう意味では、この問題はトップに上がっていたに違いなく、影響が大きすぎるとして、トップが黙認していたとしか考えられない。だからこそ、司法当局、政府がもっと早く手を打っておかなければならなかった問題なのです。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2023年9月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。