ロシア陸軍はかつての姿を失いつつある --- 大田 位

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安全保障を主な研究対象とするフランスのシンクタンクInstitut Action Resilience(以下IAR)が8月31日に、「HOW MANY TANKS LEFT FOR RUSSIA NOW ? (いまロシアには何両の戦車が残されているのか?)」と題するリポートを公開していました。ウクライナメディアのキーウポストが、このリポートの内容を9月18日に記事にしています。

ロシアの軍事産業による戦車の供給に関しては、北海道大学の服部倫卓教授もブログで触れていますが、こちらは新規生産について考察しているようです。IARのリポートは、ロシア国内で保管されている旧式の戦車を近代化補修した車両数も考慮しているのが特徴です。

キーウポストの記事は結論として、ウクライナ戦争におけるロシアの戦車の供給は、戦場での損耗に全く追いついておらず、2025年にはロシア軍は戦車が枯渇する可能性があると述べています。

実はIARのリポートでは「シナリオ3」として、ロシアの軍事産業が十分な数の戦車を供給できるようになる場合についてもシミュレーションしています。しかしリポートの前半で紹介されているロシア軍と軍事産業の現状を理解すれば、このシナリオは絶望的であるとすぐに分かります。キーウポストの記事ではシナリオ3に触れていませんが、これは無理のないことだと思います。

残るはシナリオ1とシナリオ2です。

シナリオ1は現状のペースで戦車が損耗する場合の戦車数をシミュレーションしています。このシナリオでは、現在もっとも数の多いT-72Bシリーズは2025年に車両数が現在の半分以下となり、主力戦車としての存在感が徐々に失われていくと予想されています。

さらに旧型となるT-62は、再生工場による供給が損耗を上回っていき、2025年にはT-80やT-90よりも車両数の多くなることで、主力戦車の一つとなります。2025年のロシア軍の戦車数は400〜600両になると予想され、この数ではロシアは国境作戦域に複数の機甲旅団を展開することがほぼ不可能になるとIARは結論づけています。

すなわち近隣諸国にとって、ロシア陸軍の戦車が以前ほど脅威にならなくなるということです。IARはシナリオ1の説明の最後で、バルト三国、フィンランド、カザフスタン、中国に面した国境の維持に言及しています。

シナリオ2では、ウクライナ軍の反転攻勢が成功したケースにおけるロシア軍に残された戦車数をシミュレーションしています。このシナリオでは、T-72Bシリーズは2025年にもっとも車両数の多い戦車ではなくなると予想されます。当然ですが、それ以外のシリーズも影響を受け、2023年末に合計で約250両になると予測しています。

IARは、この車両数ではもはや機甲師団のような大規模な一貫した部隊の構成または再構成を『複雑』にすると評価しており、活発な重装甲部隊を編成できなければ、ウクライナだけでなく従来のロシア連邦国境でも地上部隊は防御的な構成になるだろうと予想しています。

ロシアの戦車と言えば、敵の防衛線の弱いところに大規模な機構部隊を突入させて支配地域を広げていくというイメージを私は従来から持っていました。小泉悠先生と高橋杉雄先生の対談動画でも、ソ連時代から陸軍ではそのような機構部隊の運用が教育されていると趣旨の話がありました。しかしIARのリポートを読むと、ウクライナ戦争で多数の戦車を消耗しているロシア軍は、そのような攻勢を可能にできる機甲部隊の運用だけでなく編成も難しくなっていくと予想されます。

ウクライナ戦争がどのような形で終戦を迎えるのか、現時点では分かりませんが、ロシア軍がかつての姿を取り戻すには何年もかかるのではないかと思われます。

大田 位(おおた ただし)
社会人。日本に関連しそうな海外記事が好き。