中国海事局は21日18時から海底資源掘削装置「勘探8号」を曳航して、23日までに浙江省近海から沖縄北西に移動させると発表したものの、22日までに外交ルート通じ、「発表は入力ミスによるものだ」と日本政府に釈明し、撤回すると伝えた。
松野官房長官は21日午前、活動海域が日中中間線の日本側に及んでいるおり「受け入れられない」旨を、すでに政府から申し入れていると述べた。が、日本の抗議に素直に応じる中国ではなかろう。背景にどんな政治的意図があるのかと訝しい。
尖閣周辺海域では、日本のEEZ内に中国が設置した「ブイ」も確認され、官房長官が19日、中国に「EEZでわが国の同意なく構築物を設置することは国連海洋法条約上の関連規定に反する」とブイの即時撤去を求め、抗議した。
24日の「産経」は、中国の海洋調査船「向陽紅22」がブイを浙江省寧波から現場まで運ぶ様子を捉えた船舶自動識別装置(AIS)のデータを詳報した。往きは約7ノット、復りは2倍の速度で引き返していた。直径10mのブイを14ノットでは曳航できまい。
7月1日午前11時頃に寧波沖を出航した同船の航跡を、「産経」はSOLAS条約で義務化されているAIS搭載船舶の運航情報を提供する「Marine Traffic」のデータから分析した。ブイの大きさは、欧州宇宙機関(ESA)が公開している衛星画像から推測したという。
海上保安庁に拠れば、ブイには「中国海洋観測浮標QF212」と表記され、13年と18年にも同じ位置で同種のブイが確認されている。海保関係者は「重りが切れるなどしたブイが流される度に中国側が新たにブイを設置してきた」と述べている。
海保が18年に漂流したブイを調査したところ、「気象や波のデータなどを送信していたことが判明」した。専門家は「データは人工衛星経由で中国本土に送られ、海警船の行動や軍事行動に用いることができる」と指摘する。
掘削装置にもこの種の機器があるはずで、官房長官は昨年6月21日、前日に掘削機材などの設置が確認された東シナ海の状況を問われた際、「18機の構造物のうち、1か所でレーダー等の機器の設置が確認され」たと答えている。
ブイの分析を「産経」はオシント(Open Source Intelligence)に拠った。19日の抗議も海保の同種の分析に基づくはずだ。ここまでバレたか、と北京は観念したが、そうと知らない海事局が発表したのを、外交ルートで慌てて撤回した可能性もある。が、これで諦める中国ではない。
そこで筆者もオシントで、彼我の海底掘削装置の状況などを調べてみた。
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22年11月19日付の「国際船舶網(ISN)」が、大連船舶重工集団公司(DSIC)が前日、「ジャッキアップ掘削リグ『勘探8号』の納入式を行った」と報じていた。それが10ヶ月経って、運ばれることになっていたのだろう。
「ISN」に拠ると、「勘探8号」は、大昌オフショアエンジニアリングが建造したJU2000E-15ジャッキアップ掘削リグで、かつては「West Proteus」と呼ばれていた。設計は米国F&G社のJU2000Eのものという。
そこでF&G社を調べると、「オフショア・マガジン(OM)」という業界紙の13年3月23日の記事に、「Friede & Goldman, Ltd.(F&G)は、DSICがシードリル社向けに建造するJU2000Eハイスペックジャッキアップ掘削リグ2基の基本設計に関する固定価格オプションの行使を発表した」とある。
「OM」記事には、F&Gが前月、シードリル社向けJU2000E掘削リグ2基の基本設計ライセンス契約をDSICと締結したと発表し、引き渡しは15年後半で、DSICが建造するJU2000Eの16基目と17基目、シードリル社向けの7基目と8基目とある。
ここで筆者は、松野官房長官が昨年6月に「18機の構造物」と述べたことに着目する。これら「17基」は官房長官のいう「18機」の内数ではなかろうか。
F&Gに拠れば、JU2000Eはジャッキアップ型掘削リグの最新世代で、既存リグより高い性能を備え、水深400feet(122m)から掘削し、水深約3000feetまで掘削できる。現在、世界中の造船所で32基のF&G設計のジャッキアップ式リグを建設中という。
「ISN」記事には、「West Proteus」は、長さ70.4m、幅約76m、深さ9.5m、カンチレバー全長55.6m、脚全長167mで、ノルウェーの海運王ジョン・フレドリクセン所有の海洋掘削会社シードリルが、13年にDSICに発注した8台のうちの1台とある。
が、同記事では、その後のオフショアエンジニアリング市場の不況により、シードリル社は18年から19年にかけてこの8台の発注をキャンセルし、以来、「West Proteus」は造船所で遊休状態に入った。
「オフショアエンジニアリング市場の不況」について調べると、原因は11年から1バレル90ドル台で推移していたWTI価格が、米国のシェールオイル増産による供給過剰で14年秋から下がり始め、16年2月のリーマンショック後に26.21ドルまで下落したためだ。
この時期、日本唯一の海底資源掘削会社「日本海洋掘削」も、11年に平均98.2%だった稼働率が16年には18.6%になり、3期連続赤字で債務超過に陥った。18年6月に会社更生法の東京地裁に申請して受理され、23年4月にJX石油開発の子会社になった。
「ISN」記事に戻れば22年7月、上海海洋石油局(SOOC)、太平石化金融リース公司、およびDISCも海底掘削プロジェクトの再開に向けた契約を締結し、8月に「West Proteus」は「勘探8号」と改名され、息を吹き返してという流れの様だ。
SOOCの前身は、60年に設立された地質鉱物資源省の渤海総合地球物理探査チームで、70年5月に同省の「627プロジェクト」に加わった後、73年4月に海洋地質調査局、89年5月に海洋地質調査局と改名後、SOOCとなった。
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ロバート・D・エルドリッジは「尖閣問題の起源」(名古屋大学出版会)の第3章「国連ECAFEの調査と尖閣問題の起源」で、「一説によれば、尖閣諸島をめぐる問題の起源は、台湾と中国が公式にこれらの領有権を主張した1971年ではなく、その10年前にある」と書いている。
61年に地質学者の新野弘教授が発表した東シナ海尖閣周辺の「浅海部の沈積層」に関する論文が、この海域の「大陸棚や海底に豊富な石油と天然ガスが埋蔵されている可能性を指摘したので、世界の地質学者と国際石油資本の注目するところとなった」というのだ。
一般に「ECAFEによって1969年に発表された」研究によって、「尖閣周辺地域」の「採掘権と石油利権の競争」が始まったとされるので、新野論文はこれに8年先行する。これが同時期に中国が「渤海総合地球物理探査チーム」を設けた目的の一つだった可能性もある。
「ISN」に拠れば、現在のSOOCは、中国石化(シノペック)傘下の上海海洋石油ガスと海洋石油エンジニアリングを含むグループの総称で、シノペック唯一の海洋開発専門チームとして、中深海での石油やガスの探査・開発を行っている。
その海域は、東シナ海、南シナ海、黄海、渤海のみならず、サハリン、ブラジル、メキシコ湾にも及び、東シナ海の日中中間線付近で発見された平湖や春暁などの石油・ガス開発にも重要な貢献を果たしているそうだ。
またSOOCは、「勘探8号」の他に「勘探2号」・「勘探6号」・「勘探7号」のジャッキアップ式掘削リグと、半潜水式掘削リグ「勘探3号」・「勘探4号」を保有する。シードリル社がキャンセルしたものを買ったのだろう。
F&Gに拠れば、昨年11月時点で32基の「JU2000E」同型機が建造中という。翻って、世界有数のEEZを持つ我が国の現状はどうか。尖閣周辺の石化資源はもちろん、メタンハイドレートやマンガン団塊などの開発状況は?
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資源エネルギー庁は19年2月、「海洋エネルギー・鉱物資源開発計画」を改定した。冒頭には、エネルギー・鉱物資源に乏しく、その需要量のほとんどを輸入に頼り、常に資源の安定供給に不安を抱えている日本は、領海・排他的経済水域に広がる海洋エネルギー・鉱物資源を有しているとある。
続けて、「海洋エネルギー」を「メタンハイドレート」と「石油・天然ガス」とし、「海洋鉱物資源」を「海底熱水鉱床」と「コバルトリッチクラスト」と「マンガン団塊」と「レアアース泥」として、それぞれの改定ポイントをこう説明している。
メタンハイドレート:将来の商業生産を可能とするための技術開発を進めるとし、太平洋側に主に存在する砂層型と、日本海側に主に存在する表層型について、海洋環境を保全しつつ長期安定生産するための技術開発、資源の分布と海底の状況を把握するための調査、海域の環境の調査などを行う。
石油・天然ガス:新たな探査船により詳細な地質情報取得を目指すとし、高度な探査能力を持つ探査船「資源」を使って国主導で調査を行ってきたが、改定では、10年間で5万平方kmの海域を新たな探査船を活用して探査し、民間企業の参加も促す。
以下、海底熱水鉱床:経済性を含む総合評価を実施、コバルトリッチクラスト:2028年までに商業化の可能性を追求、マンガン団塊およびレアアース泥:府省が連携して研究に取り組む、などとある。計画だから仕方がないとは言え、「引き続き」「調査」「探査」ばかりでため息が出る。
改定「開発計画」は19年からの5カ年計画だから残りは1年だが、筆者はこの関係のビッグニュースは寡聞にして知らない。この際、再建なった「日本海洋掘削」の「リグ」を「白樺ガス田」辺りに設置して、中国に「受け入れられない」と言わせてみてはどうか。