水陸両用装甲車は陸自を疲労、弱体化させるだけ

平成30年度自衛隊記念日観閲式総合予行でのAAV7水陸両用装甲車
Wikipediaより

結論から言わせて貰えば現在防衛省が開発している水陸両用装甲車は失敗します。それに使うリソースは全部無駄に終わる。そんな金があるならば、まだ水陸両用装甲車用に開発している、ゴム製履帯に突っ込んで世界に売れる製品を作る方が遥かにましです。

そもそも三菱重工の装甲車開発能力は高くありません。諸外国の日進月歩から完全においてけぼりです。その世界の市場にアクセスしていないから、自分たちがどれだけ遅れているかも理解できない。MRJにしてもそういう唯我独尊文化が失敗の最大の原因です。

自分たちが劣っているという自覚も認識も無いので、向上しないのは当たり前の話です。

そもそも重工の装甲車が世界レベルに達していれば次期装輪装甲車は、重工のMAVだったでしょう。何しろ共通戦術車と同じですから、量産効果もあるし兵站や教育でも有利です。それだけ下駄を履いていて、国内生産企業すら決まっていなかったAMVに勝てなかったわけです。

共通戦術車は偵察型がエルビットの偵察システム、自走迫撃砲型はタレスの迫撃砲システムを採用していますが、共通戦術車の開発が遅れたのは、重工のシステム統合の能力が低かったからです。これは厳然たる事実です。

更に申せば、陸幕は装甲車輌のナビゲーションやバトルマネジメントシステムについてのビックピクチャーがありません。発注側、受注側ともに当事者意識と能力が欠如しています。

日本に最新鋭の水陸両用車が登場か、完成後は米海兵隊も導入の可能性大

日本に最新鋭の水陸両用車が登場か、完成後は米海兵隊も導入の可能性大(JBpress) - Yahoo!ニュース
 これまで、日本が誇る「10式戦車」や「16式機動戦闘車」について、その性能やライバルとの比較、開発の歴史などを紹介してきた。  今回は、万が一台湾有事となり尖閣諸島も戦場の一部となった場合、とり

米国の海兵隊が、日本が開発中の最新鋭AAVを採用するかもしれないのだ。世界一厳しい目を持った軍隊が、日本の技術力を評価しているのである。

「しれない」ですから。採用するとは言っていません。

そもそも論ですが、現代の上陸作戦では米軍ですら敵前強襲上陸作戦は想定しいていません。しかも水平線より先の沖合40キロ以上からです。今後兵器の発達で更に遠方からになる可能性もあります。

米海兵隊が本当にそのような装甲車が必要ならばAAV7の後継のEFV(Expeditionary Fighting Vehicle:遠征戦闘車)が、2011年にキャンセルとなった後に、更に後継を開発していますよ。

米海兵隊はAAV7の近代化も諦めて装輪のACVに一本化しています。英海兵隊では揚陸作戦ではヘリと海上が半々で両方とも中隊です。そして海上は舟艇と、それに搭載したバイキングで行います。両者とも共通しているのはヘリでの空輸を重要視しているところです。

AAV7の二倍の水上速度になってもさほど早いわけではない。フネよりも水上航行能力は低い。それが40キロ先からやってくればいい的になります。

それに水陸両用車は巨大です。20名乗りだし、水上航行に必要なエンジンやウォータージェットなどシステムは陸に上がれば不要なデッドウェイトです。

大きな車体は敵のいい的になります。

そもそも自衛隊には揚陸作戦の具体案もありません。揚陸作戦の司令部もありません。

そして次世代の揚陸艦の構想すらない。で何個中隊をヘリで移動させ、何個中隊を海上から揚陸させるのかグランドデザインがない。そしてヘリにしてもチヌークを使うのか、別のヘリを使うのかも明らかではない。仮にチヌークを使うのであればローターをたたむなり、塩害対策をするなり、海上航行のシステムを導入するなり必要でしょう。現状それもないわけです。

どのような運用をするのかも決まっておらず、国産の水陸両用装甲車がほしいという小学生レベルの話をしているだけです。

陸自は水陸作戦にいい加減で、当事者能力がありません。

AAV7にしても導入時ろくなトライアルもしてません。本来2年のトライアルして採否を決めるといっていたのに、「アメリカ様から言われたから」と半年に短縮して、リーフでの揚陸試験すらしてない。

実地調査の結果からも、サンゴ礁が海面すれすれまである場所も数多くあり、水上を円滑に走破するためには車両の喫水の浅さが不可欠である。

しかしながら、AAV7は車両の波除処置が十分でなくかつ浮行速度も遅いので、場所によってはサンゴ礁に抵触し、航行できくなる恐れが十分考えられる。

ちなみにAAV7の運用は機甲科部隊が実施している。

そんなことは試験前からわかっていた話です。それを注文していた指揮通信車、回収車の到着もまたずに、形だけのトライアルを行って採用した。このような連中に当事者意識も軍事の専門家としての見識もありません。

当時バイキングなど他の候補を真面目に検討したことも、実例として遥かに参考になる英海兵隊への調査も行っていません。陸自が調査を開始したのはぼくが英海兵隊取材を行ったはるか後になります。

この中では、有人車両と無人車両を開発するとされている。

このため、開発された新水陸両用車は、島嶼への事前配備は言うまでもなく、敵勢勢力の占領した島嶼の奪回作戦では、まず無人車両が前衛部隊として突入し、自律的な機動や火力を発揮して、敵の減殺を図った後、有人車両による着陸上陸作戦を実施して、敵の壊滅を図ることとなろう。

これは単に調達数を増やすための方便です。そもそも水陸機動団のAAV7調達数だって相当胡乱です。52両のAAV7はおおすみ級3隻では輸送できない。どの程度をヘリで機動させるのか、それすらも怪しい。英海兵隊でも調べておけばこんな胡乱な調達はしなかったでしょう。

それに巨大な新水陸両用車無人化する利点は全くありません。無人車輌ならばもっとコンパクトにできます。その方がコストの面でも有利です。輸送型の装甲化無人車輌など不要です。橋頭堡を確保したあとの補給であれば装甲化の必要性は薄いでしょう。因みに英海兵隊ではバイキングは装甲車ですが、支援車輌は非装甲のBV.206 を使用しています。

恐らくは上を見ても50両程度では開発費を含めた調達単価が全くお話にならないレベルだと、開発途中で気がついたのでしょう。ですから「最近流行」の無人車輌型も作って生産数を稼ごうという腹でしょう。

仮に無人型を開発するならば当初から無人型でいいしょう。ゴム製履帯をはかせた、あるいは低圧タイア、それにゴム製履帯を巻いたものを途中まで舟艇で運び、海上で落として上陸させればいい。輸送型も同じです。更に申せば舟艇の無人化を研究すべきでしょう。

陸幕に当事者意識も能力もなく、単に新水陸両用車を開発して買うこと自体が目的になっているとしか思えません。それは単なる税金を溝に捨てるような行為です。

むしろ実際に開発能力があるのであれば、ゴム製履帯の開発にリソースを割くべきです。

ゴム製履帯の可能性 前編

ゴム製履帯の可能性 後編

国産水陸両用装甲車への白日夢

まあ、それも重工にその能力があればの話です。

ゴム製軍用履帯の市場はほぼカナダのソーシー社が独占しています。ミシュランも参戦しますが、全体的な市場規模はかなり大きい。国内のゴムメーカーと協力して重工が、ゴム製履帯を開発して、これをまずは既存の装軌式車輌に使用して、更にそれをてこに輸出するのであれば相応の雇用が生まれるでしょう。外貨も稼げます。現在の武器油輸出の規制下でも輸出になんの問題も無いはずです。

妄想と、素人考えで使えもしないクズである水陸両用装甲車を作るよりもよほど国防と国益に寄与すると思います。


編集部より:この記事は、軍事ジャーナリスト、清谷信一氏のブログ 2023年10月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、清谷信一公式ブログ「清谷防衛経済研究所」をご覧ください。