ああ、エルサレム、エルサレム:5000発以上のミサイルを撃ち込んだハマス

パレスチナのガザ地区を実効支配しているイスラム過激派テロ組織「ハマス」は7日、早朝、数千のロケットをイスラエル領土に向け発射する一方、戦闘員が海路、陸路からイスラエル領土に侵入し、イスラエル兵士や住民を人質にする一方、イスラエル内に深く進攻していった。

ハマスの軍事攻撃に驚いたイスラエルのネタニヤフ首相が同日、「われわれは戦争下にある」と国民に説明し、「我々はこの戦争に勝利する」と強調して、国民に結束を呼び掛けている(8日午前現在、双方で500人以上の死者が出ている。イスラエル側の死者数は300人以上といわれ、レバノンのイスラム過激派テロ組織ヒズボラとの交戦の2006年以来、人的被害が多い)。

空軍司令部で指揮を執るイスラエルのネタニヤフ首相 同首相SNSより

当方は同日午後から英BBCとドイツ民間ニュース専門局ntvを通じてイスラエル情勢をフォローしてきたが、2点感じたことがある。一つはハマスの攻撃が組織化され、「イスラム聖戦」など他のテロ武装組織と連携が取れていること。2点目は世界で最高峰の情報機関を保有するイスラエルがハマスの奇襲を事前にキャッチできなかった、ということだ。

ガザ地区での暴動はこれが初めてではなく、頻繁に起きてきた。イスラエル兵士が取り締まり、鎮圧するといった構図は同じだった。完全武装しているイスラエル兵士に向かって投石するパレスチナ人青年たちの姿が見られた。その勝敗は明らかだった。聖書物語ではダビデが巨人ゴリアテを投石で倒したが、21世紀のパレスチナ紛争では、ダビデの末裔イスラエルは最新の武器でハマスらテログループを打ち破ってきた。

しかし、ハマスはもはや投石ではなく、ミサイルを、それも5000発以上のミサイルをイスラエルに向けて発射したのだ。数千のミサイルを短期間にイスラエルに発射したという事実は、ハマスが他の中東テロ組織と密接な連携を取った作戦、特殊軍事行動だったことを強く示唆している(撃ち落とされたミサイルを回収して検査すれば、どの国のミサイルかは後日、明らかになるだろう)。

イスラエルの軍事専門家は、「ハマスはもはや単に武装テロ勢力でなく軍事組織となってきた」という。それだけではない。イスラエル軍の発表によると、レバノンからもミサイルが発射されたという。ヒズボラの仕業だろう。そしてヒズボラに武器を供給しているのがイスラエルの宿敵イランだ。シリアからもイスラエル側への攻撃が始まることが予想される。すなわち、イスラエルはガザ地区のハマス、レバノンのヒズボラ、そしてシリアから3方向からの攻撃にさらされているわけだ。

次は、なぜイスラエル側がハマスらの戦争準備を事前にキャッチできなかったかという問題だ。さまざまな憶測が聞かれる。7日は安息日だったから、イスラエル側にとって休日だ。通常、会社も店も休む。しかし、安息日だからといってイスラエルの情報機関や治安部隊が休んでいるわけではない。常に監視、警備体制が続けられている。にもかかわらず、ハマスらの大規模な軍事行動をキャッチできなかったわけだ。欧米のメディアは「今回のハマスの襲撃はイスラエルにとって米国の同時多発テロ事件と同じだ」と報じ、「イスラエルの9・11」と呼んでいる。

イスラエルでは過去半年以上、ネタニヤフ政権は司法改革に抗議する国民の大規模なデモ集会対策に没頭してきた。その結果、ガザ地区の異変に気が付かなったのかもしれない。同時に、イスラエル政府は現在、サウジアラビアとの関係正常化に乗り出している。「パレスチナ人問題の解決がない限り、イスラエルとの本格的な外交関係はない」(ムハンマド皇太子)と主張するサウジへの配慮も働き、ハマスへの警備に緩みがあったのかもしれない。

考えられることは、サウジがイスラエルとの外交関係を正常化すれば、パレスチナにとって痛手だ。だから、ハマスが主導となって他のイスラム過激テロ組織と連携を取り、イスラエルへの戦争に駆り立てているのかもしれない。実際、サウジとイスラエルの外交交渉は今回のハマスの暴動を受けて、一時的に停止される可能性が考えられる。

BBCのインタビューを受けた初老のパレスチナ人男性が、「パレスチナ人は70年以上、イスラエルの占領下に生きてきた。彼らはいつかは暴発するのは当然の結果だ」と述べていたのが印象的だった。ちなみに、ハマスのイスラエル攻撃をイエメンの武装組織フーシ派は「イスラエルの弱さが明らかになった」として歓迎している。

最悪のシナリオを考えておく。ロシアのウクライナン戦争が進行中、パレスチナの対イスラエル戦争が勃発したが、アジア地域で北朝鮮の韓国侵攻、習近平国家主席の台湾進攻が近い将来起きた場合、世界最強の軍事国・米国ももはや対応できないだろう。21世紀が「戦争の世紀」となってしまう潜在的危険性は残念ながら排除できないのだ。

ウクライナ戦争を解決し、パレスチナ戦争を鎮圧、それから朝鮮半島、台湾危機に対応する、といったふうにはいかないだろう。潜在的戦争地域で同時期に戦争が勃発したならば、どのように対応できるか。

このシナリオは荒唐無稽とはいえない。そのシナリオを構成する役者たちは既に揃っているのだ。プーチン大統領、イランの聖職者専制政権、中国共産党政権の習近平国家主席、そして核兵器強化に乗り出す金正恩総書記は歴史書に登場する過去の人物ではなく、われわれと同時代の人間だ。もし、彼らが何らかの理由から連携したならば、世界は文字通り、対応不能なカオスに陥るだろう。パレスチナ地域の混乱を見ていると、その最悪のシナリオへの恐れがひしひしと伝わってくるのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年10月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。