ジャニーズ事務所が「ジャニー喜多川氏の性加害問題」について開いた記者会見をめぐって批判を受ける事態となっている。
9月7日の1回目の会見でジャニーズ事務所の社名を維持する方針などを公表したが、全く評価されず、スポンサー企業の契約打ち切りなどにつながったことを受け、10月2日の2回目の記者会見を開いて、ジャニーズ事務所の社名を「Smile-up.」と変更し、被害者への賠償を終えたら廃業すること、従前の業務を引き継ぐ新会社を設立することなどを発表し、今回の問題への対応方針を抜本的に改めて再出発をアピールしようとしたが、会見は、質問者の指名をめぐって大荒れとなった。
そして、翌日のNHKの報道で、特定の記者を指名しないようにする「NGリスト」が作成されていたことが明らかになり記者会見での対応自体が大きな批判を浴び、それ自体が一つの「不祥事」となった。
最近、企業の不祥事対応で、大手法律事務所の弁護士チームが危機対応に関わることが多くなったが、今回の記者会見には、東山紀之社長、井ノ原快彦副社長とともに、木目田裕弁護士らが会見者として登壇し、記者の質問に答えるなど前面に出て対応した。その記者会見という危機対応の場で新たな不祥事が発生したことは、企業の危機対応への弁護士の関与の在り方が問われる事態だと言えよう。
私自身も、2004年に、桐蔭横浜大学特任教授・コンプライアンス研究センター長として、コンプライアンスに関する活動を始めて以降、不二家の「消費期限切れ原料使用問題」キリンホールディングスの「メルシャン問題」、田辺三菱製薬の「メドウェイ問題」など多くの企業不祥事で第三者委員会委員長を務め、自ら記者会見等にも臨んできたほか、多くの企業不祥事について当事者の企業に助言・指導を行うなど、危機対応を専門としてきた。
それらの経験を踏まえて、今回のジャニーズ事務所の危機対応について考えてみたい。
「危機対応における不祥事」は極めて異例
2014年に公刊した拙著「企業はなぜ不祥事対応に失敗するのか」(毎日新聞)では、多くの企業不祥事で、マスコミ報道の歪みもあって、企業が誤解を受け、企業側の危機対応の拙劣さのためにその誤解が一層拡大し「巨大不祥事」に発展していること、そこで重要なことは、問題の本質を踏まえて、正しく社会に理解されるような危機対応を行うことであり、そのための戦略を構築することの重要性を指摘した。
弁護士等の危機対応の専門家が企業不祥事に関わることの意味は、当事者の企業が不祥事にしっかりと向き合い、社会的責任を果たす方向に向けること、正当な企業対応によって社会からの信頼を回復させることにある。
企業不祥事への危機対応自体が社会からの批判を浴び「不祥事」となることは、絶対にあってはならないことであり、今回のジャニーズ事務所の問題で起きていることは、危機対応として最悪の失敗と言える。
なぜ、このようなことが起きてしまったのか。
危機対応の失敗2つの要因
第一の問題は、企業不祥事での危機対応は、誰の利益のために、誰の意向にしたがって行うのか、という点だ。
9月7日の1回目の会見では、ジャニーズ事務所の社名をそのまま残そうとしたこと、株式を100%保有するジュリー藤島氏が社長辞任後も代表取締役に残留するとしたこと、ジャニーズ所属タレントの一人で、ジュリー氏とも関係が深い東山紀之氏が社長に就任したことなどに対して多くの疑問の声が上がった。
そこで、10月2日の会見では、それまでの方針を前記のとおり大きく変更することになったのだが、そもそも、最初の方針が「不祥事企業の社長」であったジュリー藤島氏の意向や利益に沿う方向に偏っていたことに根本的な問題がある。
第二の問題は、不祥事企業としての記者会見での対応方針自体の問題だ。記者会見において、ジャニー氏による性加害問題という国際的にも大きな批判を受けている不祥事企業として、説明責任を果たそうとする姿勢が欠けていたと批判されていることである。
木目田弁護士は、2回の会見に同席して記者に説明するなどし、そのような方針や、記者会見対応に法的・コンプライアンス的に問題がないことにお墨付きを与えた形になった。
これらの点について、企業不祥事の危機対応に関わる弁護士の対応の在り方が問題となる。
「ジャニーズ事務所の不祥事」とは何なのか
これらの問題を考える前提として、まず、ジャニーズ事務所がどういう企業で、同社にとって今回の不祥事が、どのようなものかを確認しておく必要がある。
ジャニーズ事務所は、芸能プロダクション事業を営み、多くの人気タレントを擁し、芸能界、テレビ業界等に極めて大きな影響力を有する企業である。非上場企業であるが、売上は推計1000億円と言われている。
その創業者で絶対的権力者だったジャニー喜多川というカリスマ経営者が、数十年間にわたって、タレントとして発掘し育成の対象としていた膨大な数の未成年者に悪質な性加害を繰り返してきたものであり、それが芸能プロダクション企業の事業活動と密接不可分の関係で行われてきた。
そのような性加害行為は、これまでもジャニーズ事務所の内部者には相当程度認識され、その発覚を妨げる対応が続けられてきたが、その問題が文藝春秋との間で民事訴訟に発展し、判決で認定されたこともあり、同社の取引先であったテレビ業界、広告業界等でも、程度の差はあれ性加害行為が認識されることとなった。
ところが、それにもかかわらず、全く問題視されることがなく、ジャニーズ事務所の事業は継続され、ジャニー喜多川氏が死亡した数年後に、英国BBCという海外メディアの報道を契機に、初めて日本国内でも大きな問題として取り上げられる、という異常な経過をたどった。
その性加害者が絶対権力者として経営してきた企業がそのまま存続することは、社会的には到底許容されず、「ジャニーズ事務所」という名称も存在も、この世の中から消し去るしかないというところまで追い込まれているのが、現在の状況だ。
危機対応は誰のために行うのか
企業不祥事における危機対応は、誰の意向にしたがい、誰の利益を図る方向で行うのかという第一の問題について言えば、重大な不祥事に直面した企業においては、当然、経営者の責任が追及される。経営者の利益と、企業がその問題について社会的責任を果たし正当な利益を確保することとは、しばしば対立する。企業が不当な不利益やダメージを受けると、株主・従業員・取引先などが影響を受ける。とりわけ、その事業による社会的影響が大きい場合、単に一企業の利益を損なうだけでなく、社会全体の損失にもつながる。
このような場合に、企業不祥事に関して設置される「第三者委員会」の立場は、企業からも経営者からも独立し、ステークホルダーに対する説明責任を果たす方向で対応することが求められるのであり、その立場は明確だ。
しかし、当該不祥事企業に依頼され、危機対応に関わる弁護士の立場は微妙だ。
直接、相談や依頼を受けるのは、経営者或いは担当の役職員個人からだ。彼ら個人の意向や方針に沿って対応することによって、その弁護士に対する「依頼者の評価」は上がる。しかし、個人の利益と組織としての企業の利益とが相反する場合もある。
例えば、不祥事を起こした企業から危機対応を依頼され、本来、不祥事の重大性から社長辞任は避けられないと考えられる状況で、社長から、辞任しない前提での危機対応を依頼された場合、企業との契約なのであれば、本来は、経営者の意向や利益に反しても、企業自体の利益を図るべきということになるが、実際には、直接の依頼者である経営者個人の意向や利益を尊重して危機対応を行うということになりがちだ。その点は、弁護士としての考え方によって異なる。
ジャニーズ事務所の問題では、依頼者の企業は非公開会社で、しかも、株式は100%ジュリー藤島氏が保有しているため、保有する資産や事業内容から言えば、そのまま事業を存続できる会社である。一般的には、弁護士として、依頼者は、形式上は会社であっても、実質的にはジュリー氏個人との前提で対応しようと考えるのも無理はない。
しかし、実際には、そのような一般的な考え方は通用しなかった。既に述べたように、その会社の存在自体が「前の経営者ジャニー氏の重大な性加害行為」と切り離すことができず、ジャニーズ事務所という社名のまま存続することも、ジュリー氏が経営者という立場に残ることも許されない、という前提で考えると、そもそも、ジャニーズ事務所という会社自体も、ジュリー氏という経営者個人も、実質的に危機対応を依頼する立場ではなかった。そう考えると、ジュリー氏の意向や利益に沿って対応することは、もともと困難だったと言える。
では、この場合の危機対応は、誰からの依頼で、誰のためのものと考えるべきなのか。
後述するように、ジャニーズ事務所という会社は、創業者たる経営者の性加害行為で厳しい社会的批判を受け、存続が許容されない事態となっていることからすれば、「社会的には破綻した会社」とみることができる。その事業の実態を今後どこまで維持していくのか、という問題であり、そういう面で言えば、「倒産処理を受任した弁護士」と同様の立場で対応すべきであったと言えるだろう。
もっとも、ジャニーズ事務所という企業が、ジャニー氏の性加害問題でここまで非難されるという会社の現在の状況は、半年前には誰も予想しえなかったことも事実である。木目田弁護士が、どの時点で危機対応に関わるようになったのかは不明だが、受任の段階で、現在の状況を見越して対応することが極めて困難であったことは間違いない。
ジャニーズ記者会見の対応方針は「日本的株主総会対応」と似ていた
このことは、不祥事企業としての記者会見での対応方針という第二の問題にも関係する。
今回の一連の記者会見のやり方は、上場企業が年に一回の株主総会で、顧問弁護士事務所のサポートを受けて行う「日本的株主総会対応」と考え方が似ているように思える。
本来、株主総会というのは、「株主との重要なコミュニケーションの場」である。社会的、公益的事業を営む会社にとっては、社会に対しての発信の場でもある。しかし、日本の大企業の多くでは、「株主総会対応」では、総会を、できるだけ短時間でつつがなく終わらせ、総会で対応する経営トップ、役員の負担を軽減することが重視されてきた。それを、裏方としてサポートするのが、顧問弁護士だ。
ジャニーズ事務所の記者会見対応では、会見参加者の座席をブロックごとに分割して指名し、「一社一問」「追加質問なし」などのルールが設定され、特に2回目の会見では会見時間が予め2時間と限定され、ジャニーズ事務所側は関与を否定しているが、「NG記者リスト」が会場に持ち込まれていた。「経営者に恥をかかせず、負担を軽減すること」を主目的とする「日本的株主総会対策」と似た発想のように思える。また、会見参加者からは、「質問のための挙手を行わず、司会者に異論を唱える参加者にヤジ・怒号を飛ばしてばかりいる人間がいた」という話も出ている。
「日本的株主総会対策」のような考え方は、今回、ジャニーズ事務所という企業が置かれている状況からすると、この事案にはなじまないものだった。本来の株主総会以上に、許されることのない重大な不祥事が発覚した企業としてのコミュニケーションの姿勢が強く求められていた。
しかし、1回目の会見の時点で打ち出した方針が社会に全く受け入れられなかったからこそ、大きく方針を変えたのである。2回目の記者会見では、ジャニーズ事務所として性加害問題の重大性についての認識が不十分であったことを認め、批判非難をとことん出させ、それへの応答をし尽くすことが重要だった。しかし、実際の2回目の会見での対応は、それとは異なったものだった。
事前に作成され、会見時に司会者・運営スタッフ等が所持していたことが明らかになっている「指名候補記者・指名NG記者リスト」が、記者会見の場で、批判的・追及的な参加者の指名を避けて、ジャニーズ事務所側への批判が大きくならないようにしようとする意図で作成されたことは明らかだ。
ジャニーズ事務所は、このリストの作成には一切関わっていないと公言しているし、コンサルティング会社側も同様に述べている。10月6日付の「FRIDAY DIGITAL」で、【スクープ!運営スタッフが激白『ジュリー氏も会場にいた』『リストはジャニーズの要望に基づいて作成』】と題するネット記事が出されたことについて、7日付けで、ジャニーズ事務所が出したコメントの中で、
いわゆる「NGリスト」なるものが弊社の要望に基づいて作成されたなどとする部分について、会見を委託したコンサルティング会社を選任し、運営について直接やりとりをしていただいていた弊社顧問弁護士にも改めて確認しましたが、顧問弁護士らも上記のような要望や意見を行った事実は一切ないとのことでした
と述べ、コンサル会社の船員や運営についてのやり取りは「弊社顧問弁護士」が行っていたことを明らかにしている。ここで言うところの「ジャニーズ事務所の顧問弁護士」が誰なのか、会見にも同席した木目田弁護士を指すのかは不明だ。
記者会見の運営について、コンサル会社との間で「直接やり取り」していたのが「顧問弁護士」だったというのであれば、会見の運営にどのような方針で臨むのかについて、コンサル会社と「顧問弁護士」との間で、どの程度に認識を共有していたのか、「ジャニーズ事務所に対して批判的、攻撃的な質問をしてくる記者への対応」について、コンサル会社が、「指名候補記者・指名NG記者リスト」まで事前に作成して質問をコントロールする方針で臨んでいることを、どの範囲の関係者が認識していたのかが問題となる。
今後、危機対応において発生した「不祥事」に関してジャニーズ事務所が会見等を行う際には明らかにすべき事項だと言えよう。
「危機対応の失敗」はなぜ起きたのか
今回、2回のジャニーズ事務所の記者会見という同社の危機対応には大きな問題があり、その失敗によって、2回目の会見では「NGリスト」の存在が露見して大きな批判を受けるなど新たな不祥事が発生したことで、同社は一層厳しい状況に追い込まれている。
今回のジャニーズ事務所の危機対応において、危機的状況を治めるべき場面で重大な不祥事が発生し、同社への批判が一層高まったことは、危機対応の失敗と言わざるを得ないだろう。
木目田弁護士は、私の検事時代の後輩であり、弁護士となってからも業務上で関わりがあった。検事として法務官僚として有能で、その経験・能力を、企業法務、株主総会対応、危機管理業務等の弁護士業務で発揮してきた木目田弁護士だが、本件の対応では、前社長のジュリー藤島氏の意向と利益に沿うことを優先したこと、それに対する批判をかわそうとする対応に終始したことが、結果的に危機対応の失敗を招いたように思える。
しかし、ここで改めて考える必要があるのは、今回の問題が、様々な社会の要請が交錯する複雑な構造のコンプライアンス問題であり、その点を理解した上で対応する必要があるということだ。
今回の問題の根本である創業者で経営者の性加害の事実については、長期間にわたり膨大な被害が発生していることが明らかになっているが、加害者のジャニー氏本人は既に死亡しており、責任を追及することはできない。
長年にわたる性加害の被害者の救済が強く求められるが、その事実の把握は被害者の供述に依存せざるを得ず、被害事実の認定も、通常の裁判上での事実認定のレベルでは困難なものも多い。
そのような重大な性加害者が絶対権力者として経営してきた企業がそのまま存続することは社会的には許容されず、「ジャニーズ事務所」という名称も、芸能プロダクション会社としての存在も、この世の中から消し去るしかないが、一方で、その企業には、経営者による性加害の事実の表面化を妨げたことに責任がないとは言えない役職員を含め、多くの社員が今も稼働している。
しかも、そのような独裁的経営者による性加害が行われる環境の中で、それに耐え、少年の頃からの懸命の努力と精進の結果、ジャニーズタレントとして地位を確立した、或いはそれをめざす多くの若者たちが所属しており、彼らが提供する歌・踊り・演技等は多くのファンに愛され、楽しまれている。
この問題については、ジャニー氏が犯した性加害行為の実態を明らかにして被害者に十分な賠償を行うこと、長期間にわたって経営者による性加害行為が継続する背景となった組織上の問題を明らかにし、経営者による人権侵害企業という負の側面を徹底的に排除することが求められる一方、所属する多くのタレントの活躍の場を確保し、彼らのファンの期待に応えていくことも必要となる。
今回のジャニーズ事務所の問題は、このように様々な社会的要請が交錯する、複雑極まりないコンプライアンス問題であり、そうであるが故に、そもそも、誰の意向にしたがい、誰のために危機対応を行うのか、ということすら判然としない、極めて特異な危機対応の事案だと言える。
このような、極めて複雑な構造を有する特異なコンプライアンス問題での危機対応というのは、どのように行うべきなのか。
コンプライアンスとは「社会の要請に応えること」
私は、2004年に、桐蔭横浜大学特任教授・コンプライアンス研究センター長として、本格的にコンプライアンスに関する活動を始めて以降、
コンプライアンスは、「法令遵守」ではなく、「組織が社会の要請に応えること」
法令の趣旨目的を理解し、背後にある社会的要請を知ること
と、世の中に訴え続け、そのような視点から、組織をめぐる様々な問題の解決、コンプライアンス体制の構築・運用等に関わってきた。2007年の拙著「「法令遵守」が日本を滅ぼす」、2008年の「思考停止社会 遵守にむしばまれる日本」を多くの方に読んでいただき、全国各地で、膨大な数の講演もこなしてきた。また、日経BizGate「郷原弁護士のコンプライアンス指南塾】の執筆、Yahoo!ニュース個人「問題の本質に迫る」でのコンプライアンス・ガバナンス問題を専門分野とするオーサーとしての執筆など、コンプライアンスに関する発信を行ってきた。
そのコンプライアンス論を具体的に実践する重要な場面としての企業の不祥事対応についても、前記のとおり、私自身も様々な企業不祥事で第三者委員会委員長を務め、不祥事の「問題の本質」を明らかにし、根本原因に迫り、抜本的な対策を提言してきたほか、多くの企業不祥事で、危機対応の助言・指導を行い、困難な局面を克服し、誤解に基づく不当な批判非難が行われることを防止してきた。
では、「社会の要請に応える」という観点から、今回のジャニーズ事務所の問題について、どのように対応していくべきだろうか。
まず、被害者の救済が最優先であることは当然だが、前記のとおり、その性被害の認定は、一方当事者が死亡しているために困難を極める。報道されている性被害の中には、ジャニー氏本人にジャニーズ事務所のタレントとしてデビューを約束されて性被害に遭い、そのまま約束が果たされず、ジャニーズ事務所に所属することもなく夢を断ち切られたという事案もあるようである。このような事案では、本人の被害申告を裏付ける客観証拠は全くない。だからと言って、「証拠の裏付けのない性加害は賠償の対象外とすること」は許されないであろう。
裁判官出身者3人の名前を並べた被害者救済委員会での判断は、どうしても「通常の裁判的判断」に近いものになる可能性があり、本件での被害者救済に適したものなのかどうかも疑問がある。そういう意味で、まずは、被害者の救済という社会の要請に応えていくことが必要だが、それを実行していくことも決して容易なことではない。
このような性加害事実の特定・認定が困難な状況に至っているのは、ジャニー氏の悪質重大な性加害行為が長年にわたって問題とされることがなかったからであり、その背景には、ジャニーズ事務所の組織自体の問題に加え、芸能プロダクションとテレビ業界、広告代理店業界との関係に関わる問題もある。そのことも、今回の問題の一つの本質と言えるであろう。
そして、芸能界における巨大権力者による性加害という重大な犯罪事実に対して「メディアの沈黙」が続いてきたことの背景に、日本のメディアが、一般的に、権力に対して極めて脆弱だという問題もある。
今回の問題は、日本の社会の様々な構造的問題に関連する「巨大不祥事」と言えるのである。
弁護士等が関わる企業不祥事の危機対応の限界
では、今回のジャニーズ事務所の問題での危機対応で「不祥事」が発生し、社会的非難を一層高める結果になったことについて、危機対応に関わる弁護士等の専門家として、どう受け止めるべきなのか。
まず、重要なことは、今回のような複雑で構造的な問題を背景とする不祥事での危機対応においては、コンプライアンスの本質に対する深い理解と、関連する社会的要請を全体的にとらえる視点が不可欠である。そういう「コンプライアンス対応」が、近年弁護士業界では主要な業務の一つとなっている企業不祥事への対応で適切に行い得るのかという問題だ。
かつては、法律事務所にとって、顧問先企業との関係では、法務対応、訴訟対応が業務の中心であり、企業のコンプライアンス問題や不祥事対応というのは、顧問事務所としての「領域外」のように考えられ、企業不祥事の調査、第三者委員会等に関する業務は、独立系のコンプライアンスを専門とする弁護士に依頼されることが多かった。
しかし、2008年のリーマンショック後の不況の頃から状況は大きく変わった。大手法律事務所などが企業からの業務収入が大きく減少した際、その収入源を補ったのが、企業不祥事の外部調査、第三者委員会に関連する業務だったと言われている。
大手法律事務所は、検察官出身弁護士等を中心とする危機管理部門を立ち上げ、顧問先企業で不祥事が表面化した際には、社内調査のサポート、外部弁護士調査の受託などを行う。
第三者委員会を設置することになった場合には、裁判官、検察官の大物OB等を中心とする委員会メンバーの選定をサポートし、委員会の下での調査業務を直接、間接に受託する。不祥事が表面化し、社会的批判に晒されている企業は、不祥事対応に必要と言われれば、請求された費用をそのまま支払うことになる。
調査業務には、ヒアリングやその準備に、新人・若手弁護士も含めて多数の弁護士が投入され、各弁護士のタイムチャージを掛け合わせると費用は膨大な金額に上る。大手法律事務所にとっては、企業不祥事、危機管理業務は、一気に多額の報酬を得ることができる確実で安定した収入源となっている。
そのような大手法律事務所の不祥事対応によって、資料・証拠を収集して手際よく調査し、事実を明らかにし、原因分析・再発防止策の提示が行われる。それは、基本的には、一般的な訴訟における証拠による事実認定と法令・規範の適用の延長上にあり、法令違反行為、偽装・隠ぺい・改ざん・捏造など、違法性、不正としての評価が単純な問題であれば、合理的かつ有効な不祥事対応となる。
しかし、今回のジャニーズ事務所の問題がまさにそうであるように、危機対応の主体すら定まらない程に不祥事企業に対する社会的批判が強烈で、しかも、構造的な問題が背景にあり、社会的要請が複雑に交錯するコンプライアンス問題については、問題の本質を明らかに、問題の構造を明らかにしていく必要があり、それは、通常の企業不祥事のように単純ではない。
そこでは、コンプライアンスについての本質の理解に基づき、様々な社会的要請の相互関係を正しく把握することが求められる。ジャニーズ事務所の問題における危機対応が失敗し、不祥事の発生で、新たに大きな批判を受けることになったのも、根本的には、複雑な社会的要請の構図が十分に理解されなかったことによるところが大きいのではないか。
近年、企業のコンプライアンスは「法令遵守」「形式上の不正」中心にとらえられ、背景にある社会的要請や構造的な問題に目が向けられることは少なく、外部調査や第三者委員会調査に膨大な弁護士コストが費やされてきたが、そういう弁護士の中に、今回のジャニーズ事務所の不祥事で、コンプライアンスの根本的な理解に基づく適切な対応ができる弁護士がどれだけいるだろうか。そういう意味で、今回のジャニーズ事務所の問題は、木目田弁護士個人や所属事務所の問題で済まされるものではない。
かく言う私も、2回目の会見が「NGリスト」で問題化するまでは、ジャニーズ事務所問題のコンプライアンス問題としての複雑な構造について、あまり深く考えたこともなかった。最近、個別の不祥事事例を独自のコンプライアンスの視点から論じることから遠ざかっていた私自身も当初は問題意識が十分とは言えなかった。
そういう意味では、今回のジャニーズ事務所の問題がここまで深刻化したのは、日本における組織のコンプライアンスをどうとらえ、重大不祥事にどう対応していくべきかというコンプライアンスの本質に関する議論が不十分であったことにも根本的な問題があり、不祥事対応の限界が図らずも露呈したとみるべきではなかろうか。
今後、日本社会の構造が招いたとも言うべき「巨大不祥事」に適切に対応していくことは容易ではない。まず重要なことは、この問題をめぐる複雑な構造を全体的に把握するために、過去にジャニー氏の時代にジャニーズ事務所で行われてきたことの全貌を可能な限り明らかにしていくこと、それを可能な限り世の中に明らかにしていくことである(再発防止特別委員会では、同社のガバナンス上の問題の指摘と再発防止策の提言に必要な範囲での調査しか行われていない)。
ジャニーズ事務所問題に関しては、性加害の実態と併せて、今後、さらに詳細に事実解明を行うことが不可欠であり、テレビ会社、広告会社等の取引先との関係がどのようなもので、そこにどのような問題があったのかについても、可能な限り事実を明らかにすることが必要となる。それは、テレビ会社、広告会社等の協力がなければ行い得ないが、既に、自社番組でジャニーズ事務所問題への検証を始めたテレビ会社もあり、その動きは今後拡大していくものと考えられる。
ジャニーズ事務所側でも、そのような外部の動きとの連携協力を図っていくべきだ。それを踏まえ、様々な声を真剣に受け止め、議論を深め、社会の理解と納得を得つつ、今後の芸能プロダクション事業、タレント育成の在り方の議論に発展させていくことが必要であろう。
そのような取組みを進めていくためには、その全体を総括して意思決定を行う存在が不可欠で必要であるが、不祥事で責任を問われる立場にある前社長のジュリー藤島氏が関わるべきではないことは言うまでもなく、ジャニーズタレント出身の東山氏、井ノ原氏にその役割が務まるとも思えない。この問題について、適切に議論し判断することができ、社会の理解と納得を得ることが期待できる、外部者からなる「危機管理委員会」のような組織の設置を検討すべきではなかろうか。