岸田首相が今月中に出す経済対策をめぐって、与野党から減税を求める声が高まっている。その原因は、昨年度の税収が71兆円と過去最高を記録し、予備費が11兆円も余っているから、それを納税者に「還元」するのだという。
今までは「景気が悪いから補正予算」と言っていたのに、景気がよくなると「物価高対策で補正予算」だというが、これは理屈になっていない。減税すると総需要は増えて物価は上がるのだ。
減税は財政バラマキである
こういう政治家が知らないのは、ISバランスに影響を及ぼす政府支出とは財政赤字だということである。需要不足(需要<供給)のときは、財政赤字を増やして需給ギャップを埋める政策に意味があるが、その逆(需要>供給)でインフレになったとき財政赤字を増やすと、インフレがひどくなる。それがアメリカで起こっていることだ。
これは給付金でも減税でも同じ(厳密にいうと減税の場合は貯蓄される分だけ効果が少ない)である。このように財政赤字による景気対策を最初に提唱したのは、ケインズである。彼は『一般理論』でこう書いた。
もし財務省が古い瓶に紙幣を詰めて廃鉱の適度な深さに埋め、それを町のゴミで地表まで埋め立て、民間企業に紙幣を再び掘り起こさせれば、もう失業は起きないだろうし、そのおかげで社会の実質所得と資本資産も、おそらく現状をはるかに上回る水準になるだろう。
これは悪い冗談だったが、失業率が20%を超えた1930年代には意味があった。紙幣を掘り出す無意味な作業でも、穴を掘る労働者には所得が生まれ、彼らがその所得を使うと総需要が増えるからだ。それによって景気が回復し、財政が黒字になったら、借金を返せばいい。
周回遅れでケインズ理論に目覚めた大蔵省
しかし日本では、ケインズ理論はながく認知されなかった。大蔵省は単年度の均衡財政主義で、不景気で財政赤字になると増税し、景気がよくなって黒字になると減税したので、不景気もインフレも増幅された。私の学生のころは、経済学者はこれを台所財政と呼んで批判していた。
それが赤字財政を容認するようになったのが1990年代だった。特に1998年以降の金融危機で、小渕内閣は大型の補正予算を組み、みずから「世界一の借金王」と呼んだ。長銀や日債銀の国有化などに、50兆円近い公的資金が注入された。
この時期から企業が貯蓄超過になり、金利がゼロになってデフレになった。これは不良債権の清算にともなう一時的な現象だと思われたが、その後も20年にわたって続いた。それを不況の原因と誤認した安倍政権は「デフレ脱却」のために異常な金融緩和をやったが、これが結果的に資本逃避を招いて製造業の空洞化をもたらした。
安倍政権のもう一つの失敗は、消費税の増税を先送りして、法人税をほとんど下げなかったことだ。次の図のように日本の法人税率はアジア最高であり、これが空洞化の大きな原因になった。
社会保険料の事業主負担は「第2法人税」
もう一つ意外に見逃されているのが、社会保険料の事業主負担である。これは赤字企業も負担する「第2法人税」であり、法人税を払っていない6割の赤字法人にとっては、こっちの負担のほうが大きい。労働者にとっても給料の30%も取られる社会保険料の負担は、消費税よりはるかに重い。
法人税を下げて消費税を上げようとした大蔵省の方針は正しかったのだが、最初に竹下内閣でつまずいて内閣が倒れ、5%に上げた橋本内閣が金融危機で倒れ、安倍政権はそれにこりて2度も増税を延期し、すっかり消費税はきらわれものになってしまった。
岸田政権は50年前の台所財政に戻ろうとしているが、それが何をもたらすかは明らかだ。減税でインフレはさらに悪化し、企業は海外に出て行き、円安が進行し、実質賃金はさらに下がるだろう。
ただし一発逆転のチャンスもある。それは岸田首相が「3%のインフレを10年続ける」と宣言して、大幅な減税をやることだ。これによってインフレ税で預金者と年金生活者が300兆円ぐらい損するので、所得分配も世代間格差も是正できる。ただしインフレと金利が発散して大惨事にならないとは保証できない。