「催促相場」という言葉があります。市場の期待値が上昇し、決定者の判断を促すことを言います。主に民間企業の株価の反応の際に使いますが、政府の判断にじれている場合でも使います。
日銀が現在行っている大規模金融緩和について一体いつ、金融正常化になるのだろうというのがほぼ全ての市場関係者の関心の的であります。不思議と「大規模緩和をずっと続けてほしい」という声はあまり聞かない気がします。住宅ローンを抱える方や借り入れがある企業の声は「金利を上げないでほしい」が本音ですが、それは利害関係のある当事者の声であってそれをあまり重視していると正しい判断が出来なくなるものです。
ブルームバーグに興味深い記事が掲載されています。10月16日の夕方の会見で財務省の神田財務官が「為替の激しい下落時、国は『利上げか為替介入で対抗』」と述べたとあります。その記事には触れていないのですが、私は奇妙な気がしたのです。財務官が為替防衛について「利上げ」ということを言うのだろうか、と。
日銀は財務省と深い関係があるし、各種国際会議でも財務大臣と日銀総裁が一緒に参加するケースはしばしばあり、情報や問題の共有はかなり深く行っています。但し、日銀の目的はインフレ率と失業率の調整機能であり、為替管理は日銀の機能にはないのです。これは昔から財務省の管轄であり、為替介入を主導するのは財務省であります。
それを考えると神田財務官がなぜ、「利上げ」対抗を述べたのか、氏の深謀なのかしっくりこないのです。
時を同じくして日経が日経マネーの記事の転載として「マイナス金利撤廃をためらうな 緩和は弱者を救わない エミン・ユルマズの未来観測」という記事を電子版に掲載しています。ユルマズ氏はトルコ人で東大卒業後、野村證券を経て金融に関する民間塾、「複眼経済塾」の主要メンバーなど国際エコノミストとして活躍されています。この記事は丁寧で読みやすいものです。現在の金利水準が多少上がっても「高が知れている」と断じ、それよりも不動産などの資産インフレを抑え、将来の経済激変時の金利のバッファーを確保することと述べています。これは私がずっと述べてきたことと全く同じです。
植田総裁が着任して半年強となったわけですが、氏の性格はなんとなくつかめるのですが、総裁としての判断実行力はまだ未知であります。個人的には次の日銀政策決定会合(10月30日-31日)を注目しています。ただ、これはカレンダー的に植田氏としてはあまり好ましくありません。理由はアメリカのFOMCが10月31日-11月1日で時差の関係で日本の11月2日の市場に影響が出る形になり、いつもはアメリカのポリシーを見てから日銀の判断なのですが、今回は先行しなくてはいけないのです。
もちろん、日銀は日本経済のことを考えており、アメリカやEUがどうしようが関係ないのですが、現在取りざたされている円安水準は金利差が主因であることは誰もが認めるところであり、仮にアメリカが今回、もう一度利上げでもするようなら150円はたやすく突破するかもしれないのです。神田財務官はそこに一つ牽制を入れたようにも見えるのです。つまり、日銀に「徐々で良いので金融正常化に向かってアクションを起こしてほしい」と。
神田氏のもう1つの本音は「為替介入による効果は1-2日しかない」という実態面からの懸念でありましょう。世界の通貨取引量を考えると財務省単体で出来る範囲は知れています。例えば株の世界で、ある筋がカラ売りを仕掛け株価が一気に下落してもそれが、悪材料が理由ではない限り、その後戻し歩調になるのは市場に自力反発能力があるからなのです。為替介入もこれと同じです。
日本円は国際通貨の中ではある意味、中途半端な位置づけにあります。米ドル、ユーロに次ぐ取引量ではありますが、米ドルの44%に対してユーロが15%、円が8%であり、ペアトレードではUS/ユーロの23%に次いで第2位の14%に位置しています。ただ、為替をシーソーと表現するなら巨漢米ドルとチビの日本がハンディをもらってバランスさせているような状態とも言えます。これは思惑を含めてボラティリティが高くなりやすいとも言えるのです。
日本の景気は悪くなく、政治的安定性と昨今の欧米の経済不振もあり、投資の目が日本に向かっている節はあります。半導体関連の投資も多く、製造業としての日本にふたたび着目されている中で「大規模金融緩和継続の意義」が正直ないはずなのです。ないのにそれを維持するのは日銀がビビっているか、「激変による影響を重視する」というやらない理由付けなのかわかりません。
植田総裁が学者なので統計などを重視するのは分かるのですが、統計はかなり過去の数字の結果であるという点は意識すべきです。例えば私が毎月お伝えしているアメリカの雇用統計も企業の雇用判断の結果なのですが、企業は今日売り上げが上がらないから雇用を切る、あるいはその逆を決めるわけではないのです。何カ月ものトレンドを踏まえ、機関決定したその積み上げが雇用統計であると考えれば遅行性は3-4か月あるのです。統計は常に遅行しやすいのですが、統計それぞれにどれぐらい遅行するか、概ねガイダンスはあるのです。
こうみると日銀の判断は日銀そのものの試金石である気がします。来年度の賃上げの行方を待つ、というのは私にはやらない理由にしか聞こえてこないのです。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年10月17日の記事より転載させていただきました。