パレスチナのイスラム過激派テロ組織「ハマス」のテロ攻撃を受け、イスラエル軍はガザ地区に軍事侵攻し、ハマス撲滅に乗り出す予定で、ガザへの境界線周辺には戦車や装甲車などが待機中だ。イスラエル軍の大規模な報復攻撃がいつ始まってもおかしくない状況だ。
予想される通り、イスラエル軍のガザ侵攻が開始されれば、ハマス関係者ばかりか、パレスチナ住民にも多くの犠牲が出るであろう。そのため、バイデン米政権や欧州諸国はイスラエルに慎重な対応を求めている。言い換えると、軍事的に圧倒的に優位なイスラエル軍の攻撃を受け、多数の死者が出る可能性が高まることで、必ずイスラエル批判の声が強まることを警戒しているわけだ。
その一方で、ドイツのハベック副首相(経済相兼任)は動画を公表し、そこでハマスのテロを厳しく批判する一方、イスラエルに対して、「ドイツは常にイスラエル側を支援する。その連帯には制限がない」と強調し、「ハマスのテロで多くのイスラエル人が犠牲となった。にもかかわらず、ドイツ国内で親ハマスのデモ集会が開催されることは絶対に許されない」と指摘し、ドイツ国内では反イスラエル、親ハマスのデモ集会に参加する者は処罰されるべきだと述べている。ハベック副首相はイスラエル支援を「ドイツの義務」と呼んでいる。
同動画を放映していたドイツ民間ニュース専門局ntvを見ていたとき、ハマスのテロに激怒した人々のイスラエル支持がいつまで続くだろうか、といった思いが湧いてきた。ガザ地区でのパレスチナ人、特に、女性や子供たちが苦しむ様子が映像で伝えられれば、ハベック副首相のように、イスラエルに対し「無制限の支持」を続けることができるだろうか。
興味深い点は、イスラエルがガザ地区攻撃の開始を数回延期し、ガザ地区北部のパレスチナ人に南部に避難するよう呼びかけている一方で、「なぜイスラエル軍はハマスへの報復攻撃を行うのか」を明確にするため、ハマスのテロで生き延びた音楽祭に参加していた若者たちやキブツ(集団農園)関係者の証言を積極的にメディアに公開していることだ。
ウクライナのゼレンスキー大統領はロシア軍の戦争犯罪の拠点である、キーウ近郊のブチャに欧米諸国からの訪問者を案内するようにしており、ロシア軍の蛮行を見せている。なぜなら、ウクライナを訪れた政治家たちにブチャの虐殺現場を見せ、ウクライナ戦争でのロシアの戦争犯罪を忘れさせないためだ。
戦争が長期化し、欧米諸国ではウクライナ支援への疲れが見られるようになった。だからこそ、ウクライナがなぜロシア軍と戦っているのかを繰り返しアピールしなければ、軍事支援や人道支援はいつかは途絶える。ウクライナ戦争により欧米諸国の国民の生活にもエネルギー価格の上昇や物価の高騰などさまざまなマイナスが生じているからである。
イスラエルとウクライナのPR活動は似ているが、イスラエルの場合、欧米諸国からの軍事支援や人道支援のためではない。イスラエル軍の報復作戦に対する外部からの批判を避けるためだ。そのために「なぜ、イスラエル軍は戦うのか」という“大義”を鮮明に訴えるために、音楽祭の現場やギブツの悲惨な状況を公開するわけだ。決して容易なことではない。多くのイスラエル人にとってそれらのシーンはトラウマとなっているからだ。
もちろん、ガザ地区のハマスもイスラエル軍の報復攻撃で苦しむパレスチナ人の困難をできるだけ大げさに報じ、イスラエルの軍事攻撃に対して国際社会からの批判の声を高める作戦を取るだろう。電気、水、食糧などが不足する中で、イスラエル軍の攻撃を受けて苦しむパレスチナ人の姿はハマスにとって絶好の隠れ蓑となるからだ。
イスラエル軍はハマスとの戦闘に勝利するだけではなく、ガザ地区への報復攻撃で苦しむパレスチナの女性や子供たちの状況にも対処しなければならない。イスラエル軍は「ハマス」と「国際社会の批判」に対し、両面作戦を展開しているわけだ。イスラエルにとっては前者よりも後者との戦いがより難しいだろう。
ガザ地区のパレスチナ住民は自身の困窮の原因がイスラエルにあるのではなく、ハマスにあることをはっきりと理解する必要がある。ハマスがパレスチナ人を苦境に追い込んでいるのだ。ガザ地区北部から南部への退避要請を「イスラエルのプロパガンダ」としてパレスチナ人の避難を阻んでいるのは「ハマス」である。ハマスにとって、パレスチナ人の安全は自身の盾以上の価値はないのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年10月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。