パレスチナのガザ地区で17日、病院(Al-Ahli-Klinik)が空爆され、欧米メディアによると「300人から500人が死んだ」という。病院空爆が報じられると、パレスチナ自治政府のあるヨルダン西岸地区やレバノンのパレスチナ人が路上に出て、イスラエルを激しく批判するデモを行い、イランやイスラム国でもイスラエル批判の声が高まっている。バイデン米大統領を迎えてヨルダンでガザ戦争の停戦を協議する会議は延期されるなど、大きな波紋を呼んでいる。
パレスチナ自治政府のアッバス議長は、「大虐殺だ。イスラエルは超えてはならないレットラインを超えた」と批判。国連のグテレス事務総長は、「多数のパレスチナ市民が殺害され、医療関係者も犠牲となった」と強調、「犯罪者は国際法に違反している」と非難、欧州でも「病院空爆は絶対に容認されない」(フランスのマクロン大統領)という非難の声が聞かれる。
イスラエルのネタニヤフ首相は、「病院を空爆したのはイスラエルではない。イスラム過激派テロ組織『イスラム聖戦』が発射したロケットが誤って病院に当たった可能性が高い」と説明、イスラエル軍による空爆説を一蹴した。イスラエル軍は18日、パレスチナ側が発射したミサイルが病院に当たる瞬間を撮った空中ビデオを公開している。
一方、ガザ地区を実効支配するイスラム過激組織「ハマス」は、「病院には多数の患者、避難民の女性や子供たちがいた。イスラエル軍の空爆は非人道的な蛮行だ」と批判している。イスラエル側とハマスの主張はまったく異なっている。
「ハマス」の7日のテロ攻撃を受け、イスラエルはガザ地区に軍事侵攻し、ハマス撲滅に乗り出す予定で、ガザ地区への境界線周辺に戦車や装甲車が待機中だが、ガザ地区の病院が空爆され、多くの犠牲者が出たことを受け、国際社会ではイスラエルの軍事活動に批判が高まってきた。
オーストリア国営放送(ORF)のティム・クーパル・イスラエル特派員は、「病院が空爆され、多くのパレスチナ人が死去したことで、ハマスのテロを批判してきた国際社会がイスラエル批判に急変する可能性が出てきた」と説明、病院空爆が“ゲーム・チェンジャー”となる可能性があると報じている。
イスラエル側とパレスチナ側は共に「病院空爆」を否定しているため、「誰が空爆したか」、「ミサイルはどこから飛んできたか」などを解明するには時間がかかるだろう。ただ、予想されたことだが、事件の核心が不明な段階でイスラエル批判の声が既に高まっていることだ。
考えられるシナリオは、① イスラエル軍の空爆説、② ハマス、ないしは「イスラム聖戦」の工作説、③ 事故説(誤射説)だ。
① 明確な点は、ガザ地区の病院を空爆することはイスラエル側にはマイナスだけで、プラスはないことだ。ハマスのユダヤ人虐殺テロ事件で国際社会はイスラエルに同情していた。イスラエル軍の報復侵攻にもある一定の理解があった。そのような時、病院を空爆すれば、イスラエルへの同情は消え、批判が高まることはイスラエル側は良く知っている。
ハマス撲滅の軍事攻勢を開始するために、イスラエル側はガザ地区北部の住民に南部退避を要求してきた。そのイスラエルが今、パレスチナ人の患者が収容されている病院を空爆するとは考えられない。
② ハマスは軍事的に圧倒的に優位にあるイスラエル軍のガザ攻勢をできれば阻止したい。イスラエル軍の攻勢が始まる前に対策を講じる必要がある。一つはイスラエル北部のレバノンのイスラム過激派テロ組織「ヒスボラ」の戦闘介入だが、イランの支援を受けるヒスボラが本格的に介入する可能性は今のところ少ない。そこで病人や避難民が収容されている病院がイスラエル軍によって攻撃されれば、国際社会の批判はハマスからイスラエルに向かうだろう、という計算が出てくる。
忘れてはならないことは、ガザ地区北部から南部への退避要請を「イスラエルのプロパガンダ」として避難を阻んできたのは「ハマス」だという事実だ。ハマスにとって、パレスチナ人の安全は自身の盾以上の価値はないのだ。
③ の事故説。イスラエル空軍パイロットの誤射、ハマスや「イスラム聖戦」戦闘員のミサイル誤射は、完全には排除できない。
繰り返すが、イスラエルはハマスへの報復を実施するために、ガザ地区を包囲、地上軍を侵攻させようとしていた矢先だ。その時、イスラエル側が恣意的にガザ地区の病院を空爆することは考えられない。イスラエル側にはガザ地区の病院を空爆する理由がない一方、ハマスやイスラム聖戦にはあるのだ。
病院空爆の解明には時間と独立した国際機関の冷静な検証作業が必要だが、紛争に火がついているガザ地区でそのような時間はないだろう。いずれにしても、イスラエルとハマスとの間の戦闘は激しさを増し、その紛争の火は他の地にも拡散していくことが予想される。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年10月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。