バイデン氏のイスラエル国民への助言

パレスチナのガザ地区の病院爆発は予想されたことだが、パレスチナ人だけではなく、アラブ・イスラム国で大きな怒りと批判を沸き起こしている。曰く、「ガザの病院爆発はイスラエル軍の仕業だ」と断言し、「戦争犯罪」として激しく糾弾している。

バイデン米大統領と会談するネタニヤフ首相 2023年10月18日、米国イスラエル大使館HPより

前日のコラムでも書いたが、病院を爆発したのは現時点ではガザ地区のイスラム過激派テロ組織「イスラム聖戦」の可能性が高い。その根拠は、▲イスラエル軍が18日に公開した空中写真、▲ミサイルが着弾した病院前の駐車場でのクレーターの大きさ、▲イスラエル情報機関が盗聴したイスラム過激派テロ組織「ハマス」関係者の会話内容、などからだ。イスラエルを訪問したバイデン米大統領も18日、「病院爆発はイスラエル側ではなく、他のチームが関与していたようだ」と述べ、間接的ながら「イスラム聖戦」のミサイル誤射による可能性を示唆している。

一方、ハマスは、「イスラエル側の非人道的な蛮行だ。病院には多数の女性、子供たちが収容されていた」と指摘し、イスラエル側を非難した。ガザ地区保健省は18日、病院爆発で471人が死去したと発表している。

イスラエル側とハマスの主張は正反対だ。前者は少なくとも証拠類を提示して主張しているが、ハマス側はイスラエル側の仕業と主張するだけで、如何なる証拠も提示していない。イスラエル軍のミサイルが病院を爆発したとすれば、ミサイルの痕跡からその製造番号などを調査すれば、イスラエル軍のミサイルと分かる。ハマスの主張通りならば、ミサイルの痕からイスラエル軍のものという証拠を見つけ、国際メディアの前に提示すればいいのだ。不思議なことに、ハマスはこれまで証拠らしいものを何も提示していない。ただ、声高く、イスラエル軍の仕業と叫ぶだけなのだ。

ドイツ民間ニュース専門局Nntvで同国の軍事専門家は、「ハマスを含むアラブ、イスラム国では常に反米、反イスラエル主義が先行し、そこから全ての結論が飛び出す。今回もイスラエル側の証拠などには関心がなく、イスラエル悪しという結論から議論が始まるのだ」と指摘していた。換言すれば、名探偵シャーロック・ホームズやエルキュール・ポワロに事件の調査を依頼する必要はないというわけだ。

アラブ・イスラム国での反米、反イスラエル主義は長い歴史を通じて醸成されてきたもので、突如生まれてきたものではない。植民地時代の大国、強国による圧政への恨み、憎悪も一因だろう。ただ、歴史をかなり遡ると、アラブは現在の欧州や米国よりも先進国だった。宿敵同士のイスラエルとイラン両国もペルシャのクロス王時代まで戻れば、まったく異なった状況が浮かび上がる。ユダヤ教が確立したのはクロス王の恩赦のおかげだった。クロス王がユダヤ人を解放しなければ、今日のユダヤ教は存在しなかっただろうし、イスラエルも同様だろう。

ヤコブから始まったイスラエル民族はエジプトで約400年間の奴隷生活の後、モーセに率いられ出エジプトし、その後カナン(パレスチナ)に入り、士師たちの時代を経て、サウル、ダビデ、ソロモンの3王時代を迎えたが、神の教えに従わなかったユダヤ民族は南北朝に分裂し、捕虜生活を余儀なくされる。北イスラエルはBC721年、アッシリア帝国の捕虜となり、南ユダ王国はバビロニアの王ネブカデネザルによって捕虜となったが、バビロニアがペルシャとの戦いに敗れた結果、ペルシャ帝国下に入った。そしてペルシャ王朝のクロス王はBC538年、ユダヤ民族を解放し、エルサレムに帰還させたのだ(「ユダヤ教を発展させたペルシャ王」2017年11月18日参考)。

どの時代まで遡るかで、国同士の関係も異なる。「現代の知の巨人」と呼ばれる世界的に有名なイスラエルの歴史学者ユバル・ノア・ハラリ氏はCNNのクリスティアン・アマンプール女史とのインタビューの中で、「国家の歴史では、時には加害者であり、時には被害者という時代がある。一方だけということはない。被害者と加害者を同時に体験することもある。この歴史の事実を理解する必要がある。数千キロ離れて紛争を見るならば、正しく判断できるが、紛争の真っ只中にいる場合、正しく判断することは難しい。ハマスは憎悪の種を植えるが、われわれは何時かは紛争当事者同士が和解できることを信じたい」と述べている。

世界の歴史の潮流を熟知するハラリ氏は、「イスラエルとパレスチナ人がいつまでも敵対関係であることはなく、いつか良好な関係が生まれてくる」という歴史学者として確信があるのだろう。アラブ・イスラム国で見られる反米、反イスラエル主義も永遠に続くというわけではないはずだ。

戦時中のイスラエルを訪問した最初の米国大統領という名誉を自負するバイデン米大統領は18日、ネタニヤフ首相との会談後、「ハマスの7日のイスラエル虐殺テロ事件は米国の同時多発テロ事件9・11と同じだ。(米国は9・11後、多数の国民が殺害されたテロ事件に激怒して、9・11の実行者アルカイダ撲滅に奮闘したが)、米国は怒りに任せて誤りも犯した」と述べている。バイデン氏は多分、ネタニヤフ首相に、「怒りに振り回されていたならば、国の舵取りが出来なくなる危険性がある」とアドバイスをしたのかもしれない。失言や迷言の多いバイデン米大統領らしくない(?)非常に深遠な内容だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年10月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。