苦悩と団結の狭間に揺れるイスラエル

パレスチナ自治区ガザ地区を2007年以来実効支配しているイスラム過激派テロ組織「ハマス」の奇襲攻撃を受け、ガザ地区の境界線近郊の音楽祭に集まっていたイスラエル人やキブツ(集団農場)関係者が虐殺され、1日のテロ奇襲で約1300人のイスラエル人が殺害された。犠牲者数ではホロコースト以来、最悪のテロ事件となった。

ガザ地区周辺に結集したイスラエル国防軍ゴラニ旅団第51大隊の兵士たちを激励するネタニヤフ首相(2023年10月19日、イスラエル首相府公式サイトから)

イスラエルのネタニヤフ右派政権は「戦争内閣」を発足させ、ハマスに報復するためにガザ地区周辺に軍を集結させ、ハマス撲滅に乗り出してきた。その矢先、バイデン米大統領がイスラエルを訪問した17日、ガザ地区の病院で爆発が起こり、多数の患者、女性や子供たちが犠牲となるという大惨事が発生。同病院の爆発はイスラエル軍の仕業として、パレスチナだけではなく、アラブ・イスラム国でも多数の国民が反イスラエル抗議デモを行い、一部は暴動となった。

オーストリア国営放送(ORF)は20日、「苦悩と団結の狭間で揺れるイスラエル」(Israel zwischen Bitternis und Schulterschluss)というタイトルで、イスラエルの政治情勢と国民感情について報告している。以下は、同記事の概要だ。

イスラエル国民はハマスのテロ攻撃後、大きなショックに見舞われている。ネタニヤフ政権が推進する司法改革案に抗議する大規模な国民抗議デモが何カ月も続き、国内は分裂していた。その時にハマスのテロ奇襲が行われたわけだ。

内政的に分裂していたイスラエルはハマスのテロ攻撃でショックを受ける一方、外的な敵に直面して国民は団結してきた。ネタニヤフ首相は、政治的ライバルであるベンニ・ガンツ氏、ヨアブ・ガラント国防相らが参加した「戦争内閣」を発足し、ハマス僕滅を目指して連帯してきた。テレビ番組では団結を呼びかけるメッセージやスローガンが頻繁に流れ、『一緒に勝利しよう』、『一緒に強い』が放送されているという。

国民は兵士や医療スタッフに食料を提供し、避難民に家を提供。また、国が危機に直面しているとして、海外に住んでいたイスラエル人が帰国して入隊している。司法改革に反対して兵役を拒否した一部の予備役兵士も抗議を一時停止し、「私たちはネタニヤフに仕えていない。私たちは国に仕えている」と述べている。

ところで、多くのイスラエル国民の心を捉えている問題は、「なぜわが国の諜報機関や政府はハマスのテロ奇襲を事前にキャッチして、それを防ぐことができなったのか」ということだ。国民は「国とその情報機関はわれわれの安全を守ってくれる」と信じてきた。その神話が崩れてしまったのだ。

ハマスの7日のテロ奇襲は、「イスラエルの9.11」と比喩される。米国民は数千人の国民を失った同時多発テロ事件(9.11)で大ショックを受けたが、イスラエル国民も同じようにショックを受け、トラウマとなる国民も出てきている。

大多数のイスラエル国民はハマスのテロを防げなかった責任はネタニヤフ首相にあると受け取っている。元首相のエフード・バラク氏は、「ネタニヤフ首相はイスラエル史上最大の失敗の責任を個人的に負っている。彼は警告にもかかわらず、イスラエルを分裂させ弱体化させる司法改革を進めていった」と、独週刊誌シュピーゲルとのインタビューの中で述べている。そして「全てを破壊した人物はそれを修復できない」と語っているのだ。

ヘブライ語日刊紙「マアリヴ」(Maariw)が18日、19日の両日、510人の人々に聞いたところによると、80%がハマスのテロ奇襲の責任はネタニヤフ首相にあると答えている。ネタニヤフ首相の所属するリクード党内でも69%の人々が同首相の責任を指摘。48%の国民は野党議員で前国防相のベンニ・ガンツ氏がより良い首相だと考え、ネタニヤフ氏を支持する人はわずか28%だった。

イスラエルのコメンテーターたちはネタニヤフ首相を同国初の女性首相、ゴルダ・メイア(在任期間1969年~74年)と比較している。メイア氏は第4次中東戦争の際、エジプトとシリア連合軍がユダヤ教の最も重要な休日ヨム・キプール(贖罪日)に奇襲攻撃をかけてくるという情報を得ていたが、十分な対策をとらなかったことから多くの犠牲者が出た。その責任で1974年に辞任した。「ネタニヤフ首相とメイア女史の違いは、メイア首相は当時、速やかに過ちを認めたが、ネタニヤフ首相は自身の責任を認めていないことだ」という。

いずれにしても、ハマスの撲滅作戦が終わるまで、ハマスのテロ奇襲を許した責任問題は先送りされるだろう。ネタニヤフ首相の政治生命は、人質の運命、ガザ地区の戦闘の結果にかかっているわけだ(「『ビビ王』のイスラエル王国の行方」2019年4月11日参考)。

以上。同記事の詳細な内容は以下のサイトから。

Netanjahu unter Druck: Israel zwischen Bitternis und Schulterschluss
Der Schock der Israelis nach dem Terrorüberfall der Hamas sitzt tief. Das zuvor innenpolitisch schwer gespaltene Land steht nun dem äußeren Feind geeint gegenüb...

編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年10月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。