ロシア軍がウクライナに侵攻して600日間が過ぎた。まもなく厳しい冬を迎える。これまでウクライナ、ロシア双方で多くの兵士、民間人が殺害された。ロシア軍はウクライナの軍事・産業インフラだけではなく、病院、学校、宗教関連施設をも砲撃してきた。マリウポリは壊滅され、キーウ近郊のブチャでは住民が虐待され、虐殺され、レイプされた。
そして今月7日、パレスチナ自治区のガザを実効支配しているイスラム過激派テロ組織「ハマス」はイスラエルとの境界線を突破し、開催中の音楽祭のゲストや周辺のキブツの関係者を射殺し、女性、老人、子供、赤ん坊を殺した。そして200人以上が人質となった。
ウクライナ戦争、中東のパレスチナ紛争で多くの人々が無残に殺されている。人間は昔から余り変わっていない、という悲しい現実を目撃する。人を殺し、女性をレイプし、虐待する。昔もあったし、21世紀の今日も同じことが起きている、といった絶望感だ。
ただ、人間を取り巻く環境は変わり、科学技術は飛躍的に発展してきた。光の粒子の状態をテレポートすることに成功した量子物理学の発展は目が眩む。
米航空宇宙局(NASA)は2021年11月24日、地球に接近する小惑星の軌道を変更させることを目的とした「DART」と呼ばれるミッションをスタートさせた。DART計画は、宇宙探査機(プローブ)を打ち上げ、目的の小惑星に衝突させ、小惑星の軌道の変動を観察する実験に成功した。NASAは「天体の動きを意図的に変えた人類初の試みが成功した」と報告している。
2023年ノーベル生理学・医学賞を受賞したハンガリー人のカタリン・カリコ博士は遺伝子治療の最新技術を駆使し、さまざまな病気に合わせたオーダーメイドの薬の開発を目指している。人類の英知の素晴らしさに驚く(「『オーダーメイドの薬』目指す生化学者」(2021年9月26日参考)。
人類はその外的環境圏を管理し、生活を改善してきたことは間違いないが、人間の精神的な世界や価値観はあまり変わっていないように感じる。科学技術の発展が凄いので、人間の精神的世界の停滞が目立つのだ。
私たちを取り巻く生活環境、社会状況をみると、殺人から暴行、レイプまで多くの犯罪が日常茶飯事のように起きている。人類が成し遂げた「科学的成果」と「私たち」の間に大きな乖離がある。DART計画が進行中の21世紀の世界で戦争と紛争が起きている。人類歴史のこの不調和な状況をどのように説明できるだろうか。
ハマスがギブツや音楽祭で行ったテロ行為を聞いた時、上記のことを強烈に感じた。バイデン米大統領はその犯行を「悪の中でも悪そのものだ」と述べた。ニュート・ギングリッチ元米下院議長は日本のメディアに寄稿し、「ハマスは壊滅すべき完全悪」と表現している。イスラム過激テロ組織「イスラム国」が登場した時、その蛮行に世界はショックを受けたが、ハマスの蛮行はそれをも凌ぐというのだ。
イスラエルの著名な歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏(Yuval Noah Harari)はドイツの高級誌ツァイト(オンライン版)のインタビューで、「ハマスのテロリストは死を恐れないし、殺人を躊躇しない。彼らの願いは死後、天国に行くことだ。そのようなイデオロギーを有する勢力が境界線近くにいるという事実はイスラエルの安全を脅かす」と説明していた。
過去の英雄と呼ばれた人物は死を恐れず敵陣に向かったが、彼らは現実の社会や国を守り、よくすることを願って自身が犠牲となることを厭わなかった。一方、ハマスはパレスチナ人が困窮しても関心なく、死後の天国での生活を夢見ているのだ。死を恐れないテロリストは現実の世界に生きる大多数の人間にとっては理解できない。
ちなみに、旧約聖書の創世記をみると、人類最初の殺人事件は兄カインの弟アベル殺しだ。なぜカインはアベルを殺したのかについては詳細には記述されていない。神の祝福を受けられなかったカインが祝福を受けたアベルを妬ましく感じたことが犯行動機となった、と仄めかしているだけだ。
興味深い点は、イスラエルの歴史は異教徒との戦闘に勝利したから始まったわけではない。また、神の神殿を建設したからでもない。カインのアベル殺しから約2000年後、ヤコブが兄エサウと和解したことを受け、神がヤコブにイスラエルという名前を与えたことから始まっているのだ。カインのアベル殺しは神にとって起きるはずではなかった悲しみの事件だったことを示しているわけだ(「人類最初の『殺人』はこうして起きた」2015年6月6日参考)。
本題に入る。ハマスの死生観は「死後の世界=霊界」と「地上界」を分離し、死後の世界を重視し、それが彼らの行動の原動力となっている。両界は本来、人間の心と体と同じで連携しているが、ハマスの死生観はそれを恣意的に分けている。その結果、地上の現実とは大きく乖離していく。
イエスは、「よく言っておく。あなたがたが地上でつなぐことは、天でも皆つながれ、あなたがたが地上で解くことは、天でもみな解かれるであろう」(「マタイによる福音書」第18章)と語っている。憎悪で残虐に人を殺すことを正当化する人間が死後、天国に行けるはずがない。その「世界観」、「死生観」は完全に間違っている。自身の独自のナラティブに溺れ、他国に侵略して多くの民間人を抹殺し、ダムを破壊するプーチン大統領にもいえることだ。
人類は科学技術の発展を通じて地上界の原理原則、宇宙の構造などの知識は深まってきたが、もう一つの世界、霊界については無知であり、学ぶ機会が少ない。霊界のメカニズムを宇宙物理学のように解明できる時代が必ず来るだろう。そのような時代になれば、ハマスのような「死生観」は消滅するだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年10月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。