「平和」と「公平」のどちらを選ぶか

イランのアフマディネジャド大統領(当時)が2010年9月の国連総会で、「イスラエルを地図上から抹殺する」と暴言を発した時、世界はイランとイスラエルが天敵関係であるという現実を痛いほど感じたものだ。

そのイランに約1万人のユダヤ人が住んでいると聞いて、驚かれるかもしれない。イラン革命前まではユダヤ人の数は8万人いたという。イラン革命後(1979年)、イスラエルなどに移住するユダヤ人も出てきたが、それでも現在のイランにはユダヤ教徒の礼拝の場所、シナゴークが10カ所もあるというのだ。

ユダヤ人とペルシャ人に良き時代があった、と示唆したロウハニ大統領(左)2018年7月4日、オーストリア公式訪問で(オーストリア連邦首相府で撮影)

他宗教を認めない国や独裁国家でもキリスト教会やイスラム寺院がたっている。例えば、北朝鮮では「宗教の自由」が憲法で保障されていることを対外的にアピールする目的、プロパガンダのためにキリスト教会の聖堂があるように、イスラム聖職者支配体制のイランでユダヤ教のシナゴークがあっても不思議ではない。

オーストリア国営放送(ORF)イラン担当のカタリーナ・ヴァーグナー特派員は27日、テヘランでユダヤ教のラビにインタビューしていた。ラビは、「私たちの信仰の自由は国から保障されているから、自由に祈祷することもできる」と語っていた。ただし、同特派員がパレスチナのガザ情勢について質問しようとしても、誰もそれには応じなかったという。やはりイスラム教徒以外の他宗派の指導者たちはイラン当局の監視下にあることが推測されるが、それにしてもユダヤ教徒が自由にその信仰を実践できるということには重ねて驚かされた。

このコラム欄で度々紹介してきたが、ユダヤ教の発展は、ペルシャのクロス王がBC538年、奴隷の身にあったユダヤ人の祖国帰還を許してから本格的に始まった。クロス王が帰還を許さなかったならば、今日のユダヤ教は教理的に発展することがなかったといわれる。そのイスラエルとイランが21世紀、宿敵として紛争を繰り返しているわけだ。

イランのロウハニ大統領(当時)が2018年7月4日、ウィーンを公式訪問した時、同大統領は記者会見の中で、「イランとイスラエルは何時も敵対関係だったというわけではない」と指摘、ペルシャ人とユダヤ人が友好的な時代があったことを懐かしむように語っていたことを思い出す(「ロウハ二師に“笑み”がこぼれた瞬間」2018年7月6日参考)

参考までに、それではなぜクロス王は捕虜だったユダヤ人を解放したのか。旧約聖書のエズラ記1章1節によると、「ペルシャ王クロスの元年に、主はさきにエレミヤの口によって伝えられた主の言葉を成就するため、ペルシャ王クロスの心を感動させたので、王は全国に布告を発し……」というのだ。

ペルシャ王の心を感動させたということは、ペルシャ王は夢を見たのではないか。旧約時代では「夢」は神のメッセージを伝える手段だと考えられた。クロス王は夢を見て、国内にいるユダヤ人を即釈放すべきだと悟ったのだろう。

英国の著名なジャーナリスト、ピアス・モルゲン氏は27日、自身のショー(Uncensored)でイスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏にインタビューしていた。

ハラリ氏は、「歴史問題で最悪の対応は過去の出来事を修正したり、救済しようとすることだ。歴史的出来事は過去に起きたことで、それを修正したり、その時代の人々を救済することはできない。私たちは未来に目を向ける必要がある」と強調。「歴史で傷ついた者がそれゆえに他者を傷つけることは正当化できない。そして『平和』(peace)と『公平』(justice)のどちらかを選ぶとすれば、『平和』を選ぶべきだ。世界の歴史で『平和協定』といわれるものは紛争当事者の妥協を土台として成立されたものが多い。『平和』ではなく、『公平』を選び、完全な公平を主張し出したならば、戦いは続く」と説明している。

ハラリ氏はパレスチナのガザ情勢について、「イスラエルはハマスを非武装化し、壊滅しなければならない。そしてハマス壊滅後、イスラエルはサウジアラビアとの外交交渉を再スタートすべきだ。そこではパレスチナ人の未来問題が含まれているからだ。ハマス壊滅後もパレスチナ人の生活が改善されなければ、ハマス以上の極悪なテロリストたちが生まれてくるだろう」と警告した。

同氏は最後に、「ホロコースト(ユダヤ虐殺)で多くのユダヤ人がナチスドイツ軍に虐殺されたが、イスラエルとドイツは現在、良好関係だ。イスラエルが近い将来、パレスチナとも同じような関係を築けることを願っている」と語った。

ハラリ氏は直接言及しなかったが、イスラエルとイラン両国関係も同じことが言えるのではないか。ある日、両国が手を結ぶ日がきても不思議ではないはずだ。

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編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年10月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。