11月5日まで東京ビッグサイトで開催されている「ジャパンモビリティショー」、前回の2019年までは「東京モーターショー」と呼ばれていた。この新たな名称は、モビリティ(移動)をキーワードに未来の産業や社会のあり方を考えるという基本コンセプトに由来するらしい(山本元裕「ジャパンモビリティショーがいよいよ開幕 その見どころは」『自動車ニュース』2023.10.27)。
自動車に余り興味はないが、モビリティ=移動という言葉が気になった。というのも、移動は超高齢社会の重要課題の一つだからである。地方は言うに及ばず、便利な都会でも、高齢者にとって公共交通の利用はかなりな負担である。ショーでは、高齢者、障がい者、幼い子ども連れなど「交通弱者」のスムーズな移動、何よりも出掛けたくなるような快適で楽しい移動手段の数々が出品されているようだ。業界のアイデアに期待したい。
ところで、モビリティにはもう一つ忘れてはならない概念がある。異なる社会的経済的階層間の移動を表す「ソーシャルモビリティ、社会移動」である。
階層間の移動が容易だと、出自や生育環境に左右されず、自分の能力を最大限発揮し、努力を重ねて社会的経済的な成功を手にできる可能性が高まる。一方、移動が困難な社会では、能力と努力だけではどうにもならず、社会的経済的に不遇な家庭の子どもだけでなく、高い階層出身者も生まれながらに将来が約束されているため、向上心を失う。
階層の固定化は、不平等と差別を増幅させるばかりか、社会を分断し、社会不安の温床になる。さらに、優れた能力や才能を埋もれさせて、社会停滞を生み、国家経済にも損失をもたらす。
柔軟な社会移動には健全な生活環境、質の良い教育と安定的な雇用の機会など社会政策の充実が不可欠である。そこで、世界経済フォーラムは、階層移動に影響する10項目の指標を作成し、2019年これに基づいて82カ国を評価した(World Economic Forum, “Global Social Mobility Index: Why economies benefit from fixing inequality,” 2020)。
10項目の内訳は、①質の高い医療の公平な提供、②教育の権利、③教育の質の高さと平等性、④生涯にわたる教育機会の保障、⑤より広範な国民のテクノロジー利用、⑥就業機会の保障、⑦適正な賃金、⑧健全な労働環境、⑨基本的生活保障のための各種福祉サービス、⑩社会的包摂を促す諸制度である。
それぞれに10点が配点され、100点に近いほど良い。調査は、階層間の移動が実際にどの程度起こっているのか、社会移動それ自体を評価するのではなく、移動がどの程度起こり得るか、その可能性を評価するものである。つまり、これら10項目の指標は階層間格差を是正し、階層の流動化を促すための政策ということができる。
表1に、82カ国中の上位国、G7諸国、いくつかのOECD加盟国、そしてBRICS 4カ国について、10項目の指標を基準に評価した社会移動指数、貧困家庭出身者が中位所得を獲得するまでに要する平均世代数、一人当たり国民総所得を列挙した。
向かって左手の社会移動指数をみると、社会政策が充実し、社会的経済的平等が推進されている北欧諸国が高い水準にある一方、G7メンバーのイギリス、アメリカ、イタリアがふるわず、先進国が必ずしも社会移動を促す階層平等化政策を講じていないことがわかる。BRICSの4カ国は予想に違わず、国家の関心は階層格差の是正にまで及んでいない。
次に、表の真ん中のコラムに注目しよう。すでに触れたように、貧困家庭出身者が中位所得を獲得するまでに平均で何世代を要するのか示している。キャッチアップが最も早いのは社会移動指数が最も高かったデンマークでわずか2世代、すなわち次の世代には貧困を脱し、中流の仲間入りができる。残りの北欧諸国は孫世代、日本はカナダと並んで4世代を要する。BRICSの中でもブラジルと南アフリカは9 世代もかかる。
ドイツ、フランスなどいくつか不一致はみられるが、社会移動指数と貧困脱出に要する期間の間には一定の相関性があり、階層間格差を是正するための社会政策は階層移動を容易にすると言っても良さそうである。ただ、政策だけでは補足できない、たとえば人口動態(移民)、国民性(保守的)や文化(伝統主義)といった要素も影響しているのかもしれない。
社会移動と経済の関係はどうか。表1の右側に一人当たり国民総所得を示した。社会移動と国民の経済的豊かさの間には関連性がみられる。
さらに、空間の自由な移動は人間の視野と行動を拡大し、階層を越境する機動力になる。空間移動の拡大は容易な社会移動にも貢献する。やはりモビリティは要だ。