黄色の「ユダヤの星」を乗り越えて

国連のギラッド・エルダン・イスラエル大使とそのスタッフは国連安保理事会の会合で胸に黄色の「ユダヤの星」のバッチをつけて抗議の意思表明をしたが、その行為に対し、他の加盟国からのブーイングではなく身内のイスラエル国内から「イスラエルの大使とスタッフの行為はユダヤ人の恥だ」という声が聞かれる。

イスラエルの犠牲者メンタリティに活を入れた「ヤド・ヴァシェム」のダニ・ダヤン館長(Dani Dayan)「ヤド・ヴァシェム」公式サイトから

「ユダヤの星」は、ユダヤ民族のシンボルで、2つの正三角形を逆に重ねた6角形で現在のイスラエル国旗にも使われている「ダビデの星」だ。ナチス・ドイツ政権は当時、ドイツ人ら他の国民と識別するためにユダヤ人に強制的にダビデ王のシンボルを形取った黄色の「ユダヤの星」の腕章をつけさせた。

「ダビデ」について少し説明する。ダビデはイスラエル国民が最も尊敬する歴史的人物だ。ヤコブから始まったイスラエル民族はエジプトで約400年間の奴隷生活の後、モーセに率いられ出エジプトし、その後カナンに入り、士師たちの時代を経て、サウル、ダビデ、ソロモンの3王時代を迎えた。ダビデ王は2代目の王だった。ちなみに、ダビデ王が実在する人物か否かで一時期論争があったが、ダビデ王の住居の遺跡が発見されて、その議論は決着した経緯がある。

本題に入る。エルダン大使とそのスタッフは先月30日、国連安保理事会の会合で、「2度としない」と刻まれた黄色の「ユダヤの星」を胸に付けたのだ。そしてエルダン大使は、「自分の祖父母や何百万人のユダヤ人の祖父母と同じように、私も星をつける。あなたがハマスの残虐行為を非難し、人質の即時解放を要求するまで、私たちはこの星を身に着ける」と述べたのだ。

エルダン大使は10月24日のアントニオ・グテーレス国連事務総長の発言にかみついたことで注目されたばかりだ。

グテーレス事務総長は安保理会合でハマスのテロを批判する一方、ガザ地区のパレスチナ人の困窮にも言及し、イスラエルによる56年間のガザ地区の統治を間接的ながらも批判したのだ。その発言を聞いたエルダン国連大使は激怒し、「事務総長は辞任すべきだ」と要求した。辞任を要求された国連事務総長は自身の発言が大きな物議を醸し出したことを知って、「私の発言を誤って解釈している」と反論している。

エルダン大使らイスラエル大使館スタッフたちが黄色の「ユダヤの星」を胸に付けたというニュースが流れると、エルサレムにあるホロコースト犠牲者を追悼するイスラエル国立記念館「ヤド・ヴァシェム」のダニ・ダヤン館長は、X(旧ツイッター)で「ユダヤの星」を着けたエルダン大使の言動を批判している。

曰く、「この行為はホロコーストの犠牲者とイスラエルにとって恥ずべきことだ。黄色のバッジは、ユダヤ人の無力さとユダヤ人が他人の言いなりであることを象徴している。今日、私たちは独立国家であり、強力な軍隊を持っている。私たちは運命の主人だ。今日、私たちは青と白の国旗を持っている。黄色いバッジではない」と強調している。非常に明確で啓蒙的な発言だ。

繰り返すが、国家社会主義時代に全てのユダヤ人が身に着けなければならなかった黄色の「ユダヤの星」は、ナチスによるユダヤ人の排除、迫害、殺害を象徴している。その「ユダヤの星」を現在、強制されてもいないのに自ら身に着ける行為は少々自虐的な行動だ。それをダヤン館長は、「ユダヤ人の無力さとユダヤ人が他人の言いなりであることを自ら認めるような行為だ」と説明し、「ユダヤ人の恥であり、ホロコースト犠牲者にとっても恥だ」という厳しい表現となったわけだ。同館長はまた、「ハマスの奇襲テロ」と「ホロコースト」を同列視することは出来ない、と釘を刺している。

ユダヤ人はナチス・ドイツ政権下で600万人が虐殺された。イスラエルは戦後、事ある度にホロコーストを持ち出すこともあって、「イスラエルはホロコーストを利用している」という批判の声もあった。口の悪い反イスラエル主義者は「ユダヤ人のホロコースト・インダストリー」と呼んでいたほどだ。

それに対し、ダヤン館長はイスラエル人の犠牲者メンタリティを払拭し、「私たちは運命の主人だ」と表明しているのだ。画期的な発言だ。ユダヤ人自らが過去のトラウマを克服し、民族の誇りを高らかに宣言しているのだ。

いずれにしても、ダヤン館長の発言を引き出した、という点で、イスラエル大使の「ユダヤの星」騒動にも意味があったというべきかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年11月日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。