「お金を払う」文化について考える

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はじめに

研修のため、米国に滞在して一か月が経つ。日本にいるときから連絡をとっていたアパートの大家から連絡が途絶え、別のアパートを探し、銀行口座を開設し、支払いと入居を済ませるまでにおよそ2週間かかった。その間、ホテル滞在が続く中で、宿泊費、食費、その他諸経費のあまりの高さと、請求される頻度に悩まされた。

宿泊費に関しては、初日に泊まったタコマという郊外のホテル、アメニティの提供もなく、害虫も湧いて出るのに17,000円、日本なら草津のよい温泉旅館に泊まれる値段である。仕方なく翌日以降はドミトリーに移ったが、それでも一泊13,000円、それに加えただの宿泊にもかかわらずデポジットで15,000円とられるのだから、住居が決まるまでは気が気ではなかった。

食費についてはあえて貧困層が住む地域に出向き、一日一食で済ませた。それでも一食12ドルに、税金10%とチップ10%が付与されるので、14.4ドル、1ドル150円で換算すれば2,160円である。

その他では銀行の開設には100ドル(15,000円)かかったし、自販機で小さいペプシを買うにも2.75ドル(412.5円)を費やした。そしてそれらは突然請求され、多くの場合で値段が先に示されることはなかった。値上げをすれば謝罪文が流れる日本では考えられないことである。

現状認識

昨今、日本では物価高が懸念されている。確かに日本にいる間は、消費者目線で物を考え、行きつけのつけ麺屋の値段が760円から5年のうちに880円にまで上昇したことに深い悲しみを覚えた(今では5.87ドルだと換算して考えるため、とてつもなく有難みを感じる)。

しかし消費者目線から少し離れ、マクロな視点で捉えると、むしろ日本はむしろ消費者物価指数の面で大きく各国に出遅れている。イギリスの経済紙「エコノミスト」が発表しているビッグマック指数注1)によれば、日本は2019年1月の23位から2023年7月には44位と大きく順位を落としている注2)

2019年1月 2020年1月 2021年1月 2022年1月 2023年1月 2023年7月
順位 23位 26位 25位 35位 42位 44位

一方、東アジアから東南アジアにかけての各国・地域については、韓国が31位、タイが34位、中国が40位と日本より高順位にあり、次いで日本44位、ベトナム45位、香港46位、マレーシア47位と続く。もはや物価が安いことも要因の一つであり人気観光旅行先であった東南アジアの国々が、物価の面で追いついてきていることがわかる。

同指標は7月時点のものであり、このとき日本のビッグマックは450円、アメリカでは5.58ドルで計算され、交換レートは142.08円/ドルで換算されていることから、1ドルが149.9円(2023年10月21日時点)となった現在ではよりその差異は大きくなっている。アメリカのビッグマックの平均を据え置きし、交換レートを150円/ドルで計算するとアメリカのビッグマックは837円となり、日本のおよそ1.86倍である。

また、アメリカのビッグマックを基準とした日本のビッグマックの価格の推移を見てみると以下のとおりとなる。他のアジアの国々とは異なり、この数年間で大きく下落していることがわかる。

2013年から2023年までのG7各国のインフレ率・消費者物価の推移(IMFのデータを基に作成)。

また国際通貨基金(IMF; International Monetary Fund)が発表している消費者物価指数をみると、G7主要七か国の中では最も低い水準にある。ビッグマック指数がアメリカ基準の相対的なデータであるのに対し、この消費者物価指数を見ても、日本の物価上昇率が比較的低水準であることがわかる。その一方で日本国内では物価高の懸念が高まっている。それではいったいなぜ問題視されるのか?

問題点

問題点としてよく議論されるのが、給料が上がらないということ、需要に対する供給過多であることの二点である。しかし当方は経済学者ではないので、自らがそこで生活する中で感じた価値観の側面に着目した。すると見えてきたのは日米での消費に対する価値観と違いである。

日本は消費者至上主義の価値観が強く根付いている。「お客様は神様」であり、あくまで消費者と生産者の関係においては消費者が優位である。そのため先述のように、値上げによって謝罪文が掲出される。

その一方、アメリカでは消費者と生産者の関係はあくまで対等である。消費者は生産者が仮に値段を翌日から3ドル上げても、値段を表示していなくても、ねちねち言うことはない。むしろアメリカではチップとして全体の金額の10%~20%ほど払う習慣があり、生産者から厚遇を受けるために消費者の側からの歩み寄りが求められるほどである。

この対照的な日米の消費者・生産者関係を見たとき、消費をより促進するには消費者優位、値上げへ過剰な嫌悪といった日本人の消費者のマインドから脱却していく必要がある。

日本人の消費に対する価値観を一言でいうならば「倹約的」悪く言えば「ケチ」である。度々自分自身、値段の表記の無いものについて店員に値段を尋ねるとき、しばしば嫌な顔をされるたびに日本人であることをネガティブに感じざるを得なくなる。「お金を払う」ことに対する価値観とそれによって生じる人間関係は日米で大きく異なるのだ。

実際アメリカでは、既に述べたように日本とは対極的な、むしろ現場において生産者優位であることが多く見られる。また、そのうえGDPの7割を個人消費が占めているが、利上げの不安もなんのその、消費が衰えることはなく、アメリカのGDPは7月~9月の間で4.9%にまで上昇した注3)

現在アメリカでは2022年3月にゼロ金利を解除して以降、利率が高騰しているが、それにもかかわらず消費が落ち込まず、なおかつコロナの収束により飲食やレジャーでの消費が増えていることがアメリカの経済を回している。

まとめ

アメリカでの生活を始めて一か月、最初に驚いたのは物価の高さとサービス業の横柄さ、それから消費者の非倹約的な消費活動であった。消費者は値段を顧みずに欲しいものを買い、生産者あるいはサービス業の従事者はその対価を貰うだけである。

驚いたことに、当方が不動産契約をするときは、次から次へと追加で金銭が要求された。グーグルマップでメニューを見てリーズナブルだと思ってレストランに行くと、全メニュー4ドルほど値上げしていたときもあった。日本では大クレームものだと思うことも多かったが、この「お金を払う」ことを厭わない価値観こそが、この国の経済力の強さの根源なのだと感じた。

その一方、日本ではどうであろうか。値段が上がれば謝罪文を掲載し、物価が上がれば牛丼チェーンの値上げ幅をニュースで報道し、雑誌やテレビではいかに倹約するかという話題が注目を浴びる。「安物買いの銭失い」「金は天下の回り物」といった言葉はあるものの、どうも日本人の国民性としてお金を出すことを渋る傾向がみられる。そしてそれは寄付額の総額が世界で最低基準であることや、企業の内部留保やタンス預金が多いことにも象徴される。

物価高は深刻な問題かもしれない。しかし世界に目を向けると、日本の問題は物価高それ自体よりも、労働環境、賃金格差、供給過多、それからここまでで述べた消費に対する価値観にあると考える。

まずは目の前の物価に嘆くよりも、自分自身のマインドを変えてみてはどうだろうか。「お金を払う」ことに敏感にならず、過度に倹約的にならなくなれば、人も、この国も、物心ともにさらに豊かになるのではないだろうか。

注1)ある国である価格で買える商品が他国ならいくらで買えるかを示す交換レートである購買力平価(PPP; Purchasing Power Parity)の理論を応用し、1986年にエコノミスト誌が発表した指数。ビッグマックは世界への普及度の高さや材料、工程等に差異がないことから、ビッグマック指数はその国の物価を比較するうえで優位性があるとされ、経済学の教育現場や学術研究にも利用されている。

注2)The Economist, “The Big Mac index”, Aug 3rd, 2023.

注3) “Gross Domestic Product, Third Quarter 2023 (Advance Estimate)”, U.S. Bureau of Economic Analysis, October 26, 2023.