パレスチナ自治区のガザ地区を2007年以来実効支配しているイスラム過激派テロ組織「ハマス」が10月7日、イスラエル領土に侵入し、1300人余りのユダヤ人らを虐殺したテロ事件はイスラエル国民だけではなく、世界を震撼させた。
イスラエル軍は現在、ガザのハマス拠点を空爆するなど報復攻撃に出ているが、イスラエル軍の空爆で多くのパレスチナ人が犠牲となっているシーンがソーシャルネットワークサービス(SNS)を通じて世界に流されることもあって、アラブ世界だけではなく、欧米社会でもイスラエル批判、反ユダヤ主義的言動が増加してきている。
英国の「キングス・カレッジ・ロンドン(KCL)」で教鞭を取るテロ問題専門家のペーター・ノイマン教授は8日、オーストリア国営放送とのインタビューで、「『10月7日』前はイスラム過激主義は停滞し、欧州ではテロ活動の危険性は少なくなってきたと受け取られてきたが、『10月7日』後、イスラム過激主義は再び感情的にも高揚し、活発化してきた」と警告を発する。
ハマスはイスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)のように外国からテロリストをリクルートしないが、SNSを通じて世界のテロリストたちを活動に駆り出させている。ハマスとイスラエルとの戦闘ではシリア内戦のようではなく、「イスラム(教徒)」対「ユダヤ(民族)」の宗教対立が中心テーマに戻ってきている。イスラム過激派の狙いは、欧米社会のイスラムフォビアや反イスラム教への抗議ではない。彼らのターゲットはユダヤ人に向けられているのだ。
ノイマン教授は、「欧州では2015、16年、イスラム過激派テロが頻繁に起きたが、10月7日後、それを上回るイスラム系テロ事件が起きる危険性が排除できなくなった」という。ただし、ISなどのテログループに属しているテロリストによるテロ事件というより、ローンウルフと呼ばれるどの組織にも属していないが、SNSを通じ、イスラエル軍のパレスチナ人への迫害を見て、激怒するテロリストが単独でユダヤ人やユダヤ教関連の施設を襲撃するテロ事件が起きてくるという。彼らのターゲットはユダヤ人だから、「欧州の治安関係者はユダヤ人の安全に全力を投入しなければならない」という。
なお、同教授はまた、「イスラム派テロリストの年齢は年々、低下している。ISのテロリストといえば、10年前は18歳から25歳が多く、男性だけだったが、インターネット、TikTokなどのSNSの影響が大きく、これまで以上に若い青年たちがイスラム過激思想に惹かれ出している」と述べている。
ノイマン教授は、「ハマスはイスラエルとアラブ諸国との関係正常化を停止させるように圧力を行使している。同時に、欧米社会を分裂させ、欧州に住むユダヤ人に安心して生活できないという不安を与えることに成功している」という。
ちなみに、イスラエルの世界的に著名な歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏はレックス・フリードマン氏のポッドキャストでイスラエルの現状について、「問題が国家的、民族的なものだったら、妥協や譲歩は可能だが、信仰や宗教的な対立となれば、妥協が出来なくなる。イスラエルとパレスチナ問題は既に宗教的な対立になってきている。それだけに、解決が一層難しくなってきた」と主張している。
明確な点は、10月7日後、パレスチナ問題の和平交渉が始まるならば、それはハマスの失敗を意味する。ハマスはパレスチナ問題の解決など願っておらず、ユダヤ人の国イスラエルの破滅が最大の目的だからだ。ハマスの10月7日の奇襲テロは停滞する中東和平交渉への苛立ちから起きたものでもなく、ただ、ユダヤ人を1人でも多く殺害する目的で実行されたテロ事件という事実を看過してはならないだろう。
イランのアフマディネジャド大統領(当時)が2010年9月の国連総会で、「イスラエルを地図上から抹殺する」と暴言を発したことがあったが、ハマスも同じスタンスだ。ハマスにとって、イスラエルとアラブ・イスラム国との和解合意(アブラハム合意)は最悪のシナリオだったはずだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年11月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。