秋篠宮ご夫妻の次女の佳子さまが南米のペルーを公式訪問されました。11月6日午前(日本時間7日未明)には、リマ市の「ルートビッヒ・バン・ベートーベン初等特別支援学校」にて、ペルー手話で生徒たちとコミュニケーションされました。
このペルー手話(Peruvian Sign Language)は、2010年にペルーの法律で公式に認められていた言語で、最新の国勢調査によると1万人程度が使用しているとのことです。
マスメディアの手話の誤った伝え方
しかし、多くのマスメディア(TV・新聞など)は、このペルー手話を「ペルーのスペイン語手話」「スペイン語の手話」などと間違って伝えていたのは非常に残念です。正しくは「ペルー手話」になります。以下に誤用している記事の一部を列挙します。
誤りの原因:手話は音声言語を手などで表出するという思い込み
マスメディアは、ペルーではスペイン語を使用して会話をしていることから、佳子さまが使ったのも「スペイン語の手話」という思い込みがあり、今回のような不正確な伝え方になったものと推測されます。
スペイン語や英語などで、日常会話で使用する言語は【音声言語(話し言葉)】ですが、手話はその【音声言語】を手の形で表したものと誤解されがちです。しかし、実際は、手話は、音声言語とは全く別の文法体系を持った独立した言語です。
例えば、英語圏の手話には、イギリス手話、アメリカ手話などが存在し、また、スペイン語圏の手話には、ペルー手話の他に、メキシコ手話、ニカラグア手話などが存在します。地域コミュニティの手話も考慮すると、もっと多くの手話が存在します。この事実から分かるように、手話は音声言語と一対一で対応するものではなく、国やコミュニティなど、さまざまなエリアごとに分かれて、発生してきた独立した言語です。
なぜ言語に関しては正しい伝え方が重要なのか
そこまで目くじらを立てなくても良いのではと思う人もいるかもしれません。
しかし、想像してみてください。普段、我々が使用している言語である日本語を、例えば「日本語は漢字を使用している中国語の方言です」というように事実と違う形で紹介されたら、どんな気持ちになるでしょうか。ほとんどの方が、抵抗を感じることでしょう。
情報格差やコミュニケーションバリアを生み出す
今回の記事も同様で、日本において手話を使用するろう者たちにとって、対岸の火事ではなく、手話に対する正しい理解・認識を妨げる懸念を生じさせています。ペルーにいる手話を使用するろう者たちだけでなく、日本にいる手話を使用するろう者たちにとっても、同じ問題が起こりえるからです。
具体的な例を1つ挙げると、ろう者たちが、情報を公平に得たり、コミュニケーションを十分に得るために、通訳サービス(主に手話通訳)を利用する場合があります。この場合、言語に対する正しい理解・認識がないと、通訳サービスを用意する人、例えば、セミナー主催者などが、ろう者に合った言語を使用し、正しく伝えることのできる通訳を手配できないことが起こりえます。
実際に、事前情報が不足していたために、日本語そのままを置き換えた通訳が手配されたため、日本語とは別の言語体系である日本手話を第一言語とするろう者たちが情報を十分に得られなかったり、コミュニケーションが十分にできなかった事例がいくつかあります。これは、ペルーだけでなく、日本でも起こりえます。
つまり、言語に対する正しい理解・認識がないと、情報格差を生み出したり、コミュニケーションバリアを作ったりしかねないのです。
言語に対する誤解が断絶を生み出す
言語は文化やアイデンティティと密接に関連しています。言語のことを誤解することで、その言語を話す人々の文化的背景やアイデンティティが軽視されたり、無視されたりします。その結果、言語に対する誤解は、その言語を使う人への信頼や共感を損ない、不必要な緊張や対立を生じさせ、断絶につながりかねません。
誤解をなくし、正確な情報を広めることで、言語や文化の多様性を尊重し、共通理解を促進することができます。異なる言語や文化を持つ人々がより良いコミュニケーションを築き、共に豊かな社会を築いていくことができるのです。
マスメディアに期待すること
マスメディアは情報の発信源として重要な役割を担っており、その影響は社会全体に及びます。正確性、公正さ、および公共の利益を最優先に考え、情報の検証や信頼性の確保に努めることは言うまでもないことでしょう。
マイノリティに関する正確な情報を提供すること
特に、マイノリティ(少数者)のことを報道する場合は、正確な情報を提供することが非常に重要です。そのためには、まず、マイノリティの文化や背景を正しく理解することが必要です。そして、歴史、言語、伝統、および価値観についての洞察が欠かせません。
さらに、マイノリティに関する情報を収集する際には、当事者であるマイノリティの方々やその分野の専門家などからの情報提供を積極的に取り入れることが重要です。報道に関わる方々には、常に自分の表現は正しいのか、マジョリティ(多数者)視点に偏っていないか、確認することを怠らないでいただきたい。報道の対象である当事者に、私たちマイノリティに、ぜひ聞いてください。
それによって、マイノリティの立場や意見を正確に反映し、バイアスや偏見の影響を排除した取材ができるのではないでしょうか。
マイノリティに関する記事には細心の注意を払うこと
取材する際には、マイノリティが意見表明する機会を与え、彼らの声を反映させることが重要です。また、彼らのプライバシーを尊重し、人権を保護するために、倫理的な配慮を怠らないことは当然です。
マイノリティに対する誤ったステレオタイプや偏見を助長するような報道はあってはなりません。広範囲な視点からマイノリティの問題を捉えることが必要です。特に、マイノリティの中にも多様な立場の方が存在するため、それぞれの立場の方への取材が必要で、バランスの取れた記事にしていくことが求められます。そうして初めてマスメディアは、社会全体の多様性と包括性を促進し、偏見や差別を減らす役割を果たせるのです。
NPO法人インフォメーションギャップバスターのWebサイトでは、全米ろう協会発行の「Guidelines for Media Portrayal of the Deaf Community(メディアのろうコミュニティ描写をめぐるガイドライン)」及び「Position Statement On Portrayal Of Deaf And Hard Of Hearing People In Television Film And Theater(テレビ・映画・演劇における、ろう・難聴者の描写に関する意見表明)」の日本語訳を公開していますので、マイノリティ、特にろう・難聴者の描写について、関心のある方は、是非ともご覧ください。
言語に対する正しい理解が共生社会への第一歩
ちなみに、佳子さまは、今年の8月27日に行われた「第40回 全国高校生の手話によるスピーチコンテスト」で、新たな試みとして、従来のようにご自身で声を出しながらの手話ではなく、手話のみでスピーチされています。
この試みの意図は、手話は音声言語とは別の独立した言語であることを認識してほしいという思いがあってのことです。マスメディア関係者は、このような佳子さまの思いも汲み取った上で、正しい言語の伝え方をしていただきたい。また、社会の皆さまも言語に対して正しい理解をすることで、共生社会への第一歩を踏み出せることでしょう。