「個人投資家」を甘く見るソフトバンクグループ

ソフトバンク株式会社が、「社債型種類株式」なる証券を発行する。

「『社債』型種類『株式』」。

なんとも奇妙な印象を受ける。社債と株式。相反する語が組み合わされているせいか。

社債は負債、すなわち借金。返さなければならないお金。一方、株式は資本。返さなくても良いお金。ソフトバンクは「株式」として扱い、資本金に算入する(※1)。

しかし、お金を出す側は、「社債」すなわち「返してもらえるお金」、貯蓄の代替として捉えている。日経の記事によると、ある60代の男性は、2.5%という利率にひかれ、

「預金に置いておくよりもいいかな」

と、2000万円分(5000株)を申し込んだという。共同幹事を務める証券会社担当者も「個人の貯蓄性資金からの投資を見込んでいる」と述べる。

「社債と株式のいいとこどり」と言われる社債型種類株式。本当だろうか?

普通株式より低い配当

今回発行された社債型種類株式は、議決権がない優先「株式」の一種である。

業績に影響されず、固定配当「2.5%」を優先して受け取ることができる(※2)。しかし、この配当は、ソフトバンクの普通株式の配当平均「5.04%」に比べかなり低い。社債のように満期保有で償還(返済)されるのであれば納得できるが、これは「社債型」。はたして償還されるのだろうか?

社債より低い返済可能性

本券が紛らわしいのは、社債型といいながら「償還(返済)する」と明言していないからだ。かわりに「買い取る」ことを匂わせる。こんな具合に。

「発行から5年経過した後、当社の権利として発行価格に一定の調整を加えた金額で取得することが可能です」(ソフトバンク 財務統括 財務戦略本部)

ソフトバンクニュース

「多くの投資家が配当のステップ・アップするタイミング(5年経過後)において、コール(取得)されることを期待していることは十分に理解しています」

第1回社債型種類株式に関するQ&A

さらに、買取に一定の条件(借換制限)まで付いている。

「借換証券(株式や債務など)を発行若しくは処分又は借入れすることにより資金を調達していない限り、当該金銭対価取得を行わない」

定款の一部変更および第1回社債型種類株式の発行登録に関するお知らせ

資金調達できなかったら買い取らない、ということらしい。なにやら不安になってくる。このように含みのある言い方をするのは、「格付け」対策のためだ。

はっきり「買い取る」と言ってしまうと、実質「借りて返す」負債と同じ。負債の増加は、企業の破綻リスクを高める。格付け機関の評価が下がってしまう。そこで、返すと言わず「買い取る(取得)」ことを匂わせる。資金調達できていなければ買い取らない、償還義務はない、と訴える(※3)。

「努力の甲斐」あって、格付け機関(JCR)は、本券の50%を資本として認めることとした。格付は「A」。「債務履行の確実性は高い」という一定のお墨付きをもらったわけだ。

本券は、株式というよりも、返済義務はないが返済確実性が高い「疑似社債」、と言った方が近いだろう。

では「社債」としての魅力はあるのだろうか。

社債と同等のリターン・リスク

ブルームバーグの集計によると、2023年に発行された社債の平均利率は「0.6%」(国内円建て5年物)。一見、本券の「2.5%」は魅力的に思える。だが、対象を、同業グループかつ同信用度(※4)で絞り込むと、様相が異なってくる。

ソフトバンクの親会社であるソフトバンクグループが、昨年末に発行した社債 “福岡ソフトバンクホークスボンド”の利率は「2.84%」。楽天グループが、今年1月に発行した社債 “楽天モバイル債”は「3.3%」。どちらも本券を上回る。

社債個別の信用リスクにも大きな差はない。“福岡ソフトバンクホークスボンド”の格付けは「A-」。“楽天モバイル債”は「A」。本券とほぼ同等だ。

また、金利上昇に伴い、今後発行される同種の社債(や株式)の利率は、高くなる可能性がある。そうなれば、相対的に利率が低い本券は、途中売却しようとしても安値で売らざるを得なくなる。ふつうの社債と同じように、値下がりするリスク(価格変動リスク)、売りにくくなるリスク(流動性リスク)を抱えている。

つまり、リターンに大きな優位性はなく、リスクも他社債とほぼ同じ。社債としての魅力は、あまりない。

まとめると、本券は、株式としてのリターンは低く、社債としての魅力もなく、返済(償還)は義務ではなく「腹積もり」。購入者にとって、「社債と株式のいいとこどり」とは言えなさそうだ。

「いいとこどり」なのはソフトバンク

ところが、ソフトバンクにとっては、まさしく

「社債と株式のいいとこどり」

なのである。

社債発行の長所は、株式より安く資金調達ができることだ。本券の配当「2.5%」は、ソフトバンクの株式平均「5.04%」の半分以下。「社債型」と銘打つことにより、資本コスト(利率・配当)を低く抑えることができている。購入者の短所がそのまま長所に裏返った形だ。

安全性が高まる、という株式発行の長所も継承できる。(形式的とはいえ)株式である本券は、「資本」を増加させ、「自己資本比率」を向上させる。直近の決算値では0.8ポイントほど改善する計算だ(※5)。

株式には「売りやすい」という長所もある。

個人向け社債はコストがかかる。1人あたりの購入金額が小さいからだ。機関投資家向け社債の購入額は1億円程度。対して個人向けは100万円程度に過ぎない。必要額を調達するための販売・管理コストは莫大になる。株式の流通チャネル、すなわち証券取引所が活用できれば、この問題を解決できる。

まとめると、本券は、社債同様に資金調達コストが低く、株式同様に自己資本比率を高め、証券取引所で売ることもできる。社債と株式のいいとこどりだ。

個人向け社債の多くは「社債型種類株式」で代替できるかもしれない――いや、それこそがソフトバンク(グループ)の狙いなのではないか。

個人市場に着目するソフトバンクグループ

2022年度の個人向け社債発行額は、約2兆円と過去最高となった。その半分近く(9350億円)を占めるのがソフトバンクグループである。

社債は個人にとって馴染みが薄い。そのほとんどが、生命保険会社や銀行・年金基金など機関投資家向けのものだからだ。発行は不定期で、募集期間も短い。魅力的な社債が発行されると、情報力で勝る機関投資家に買われ、すぐに売り切れてしまう。個人が買える社債は、機関投資家が魅力がないと判断したものばかり。

そこに目をつけたのがソフトバンクグループだ。

「預金・国債より利率が高く、株式よりリスクが低い社債を買いたい」

そんな個人の社債ニーズが満たされていない。一方、ソフトバンクグループは、機関投資家向け社債を発行しづらい状況にある。信用リスクがあるからだ。日本より辛口と言われる海外格付け機関「S&P」による格付けは「BB」。

「状況によっては債務を期日通りに履行する能力が不十分となる可能性がある」(※6)

とされている。リスクを嫌う機関投資家からは避けられやすい。

対して、個人は、機関投資家ほどリスク・リターンにシビアではない。ソフトバンクグループは個人向け社債市場を「ブルーオーシャン」ととらえ、3000~5000億円規模の社債を乱発していく。

こうして発行した個人向け社債の残高は、2023年9月末時点で「3.6兆円」にのぼる(※7)。

これらの償還(返済)資金の調達手段として「社債型種類株式」が活用できれば、負債は減り、資本が増え、指標上の安全性は高まる。格付けの改善も期待できる。

負債から「議決権なき出資」へのシフト。これが、将来のソフトバンクグループの資金調達戦略であり、ソフトバンク(株式会社)の「社債型種類株式」はその第一歩なのかもしれない。

転んでケガをして泣かないために

実態からすれば「負債」と言っても良い「社債型種類株式」を、ソフトバンクは「資本」として貸借対照表に計上し、格付け会社は「半分だけ資本」と認め、購入者は「返してもらえるお金」と考える。三者三様、玉虫色の様相を呈することとなった。

だが、「三方良し」になるとは限らない。「悪し」になる可能性が高いのは、投資する個人だ。

ソフトバンクグループのCFO・後藤芳光氏は、社債発行について以下のように語る。

「海外市場ではBB格、B格どころかC格の起債もある。こうした銘柄は当然利回りが高く、その分リスクも高くなるが、その『リスクを承知』の上で買いたいという投資家は多い」

「子供の教育と同じで、部屋の中に入れて鍵を閉めていたら、本当のリスクを理解しないまま大人になってしまう。外に出て、転んで、ケガをして泣くことも大事。投資は自己責任が原則。このままでは日本の個人投資家が育たないのではないか」

「日本の歪な債券市場を変革」 | 金融ファクシミリ新聞社

冒頭の60代男性のように

「預金に置いておくよりもいいかな」

と、社債や株式を選ぶ人たちは、プロの「投資家」ではない。老後の資産運用の失敗は「転んでケガをして泣く」だけでは済まされない。

貯蓄から投資へ、誘導策が整備されつつある。今後、わかりにくい金融商品はさらに増えていく。我々に必要なのは、企業の知名度だけで判断せず「リスクを承知」することだ。

ソフトバンク ソフトバンクニュースより

【注釈】

※1 資本金及び資本準備金

※2 2029年3月31日まで固定配当(以降は変動配当)
第1回社債型種類株式に関するご説明資料

※3 JCRでは、ハイブリッド証券の資本性評価にあたり、「元本の償還義務、満期がない点」、「配当の支払い義務がない点」、「破綻時の請求権順位が劣後している点」を勘案している。
株式会社日本格付研究所(JCR)信用格付結果

※4 通信事業を営み、長期発行体格付けがS&P:「BB」、JCR:「A-」

※5 直近決算値に発行総額を加算して算出
ソフトバンク株式会社 2024年3月期 第2四半期決算短信〔IFRS〕(連結)

※6 S&P グローバル・レーティング
「より低い格付けの発行体ほど脆弱ではないが、事業環境、財務状況、または経済状況の悪化に対して大きな不確実性、脆弱性を有しており、状況によっては債務を期日通りに履行する能力が不十分となる可能性がある」

※7 2023年9月末時点 より個人向けのみ抜粋
社債情報 | ソフトバンクグループ株式会社

【参考】