対ゴーン氏民事訴訟、日産「繰延報酬支払拒絶」主張で検察主張崩壊の可能性

7月18日、FCCJ(外国特派員協会)で、レバノンから、カルロス・ゴーン氏(以下、「ゴーン氏」)もオンラインで参加して記者会見が行った直後に出した記事『「会長追放クーデター」から始まった日産の「ガバナンス崩壊」、対ゴーン氏民事訴訟も混乱・失態の末に“主張崩壊”』で、2020年に日産自動車がゴーン氏に対して提起した損害賠償訴訟での原告日産の主張が、事実上崩壊に近い状態にあることを述べた。

日産側が、11月14日に横浜地裁で開かれた弁論準備期日で陳述した準備書面は、凡そ「根拠」とは言い難い、常識的には全く理解できない理屈を並べて、「繰延報酬」なるものは「請求と同時に確定的に消滅する」と主張するものだった。

日産という会社が、こうまでして、ゴーン氏に対して繰延報酬債務を負っていることを否定するということは、「繰延報酬」について、実際には、日産側には、支払う意思も支払われる可能性も全くなかったということであり、そうであれば、「繰延報酬の開示義務」自体が否定されることになる。

それは、検察と日産経営陣とが結託して行った「ゴーン会長追放クーデター」で、金商法違反による羽田空港での「電撃逮捕」の被疑事実とされた「有価証券報告書虚偽記載」の犯罪事実を、根底から否定することにほかならない。

ゴーン氏逮捕直後、検察当局は、「ゴーン会長に対する報酬額を実際の額よりも少なく有価証券報告書に記載した」と発表しただけで、具体的な中身を全く明らかにしなかった。そのため、その「実際の額」というのは、当然、ゴーン氏が、「実際に受領した報酬」と誰しも思った。それを前提に、その金額が、いったいどのようにしてゴーン氏に支払われ、それが、有価証券報告書に記載されずに「隠されていたのか」について、断片的な情報や憶測が錯綜し、報道は迷走を続けた。

ところが、逮捕の5日後に11月24日、逮捕時から、報道で先行していた朝日新聞が容疑事実の中身について衝撃の事実を報じた。

「有価証券報告書虚偽記載」とされたのは、ゴーン氏が日産から「実際に受領した報酬」ではなく、退任後に別の名目で支払うことを「約束した金額」が記載されなかった事実だったというのだ。

ここで重大な疑問が生じたのは、実際に払われてもいない「役員報酬」が、有価証券報告書に記載して開示する義務があるのか、確実に支払われると言えるのかという点だった。

支払われていない報酬であれば、「支払いが確定している報酬」でなければ、有価証券報告書で開示する義務があるとは言えない。その後、この有価証券報告書虚偽記載の事件をめぐっては、当該年度に支払われず支払が繰り延べられた報酬(繰延報酬)が「確定報酬」と言えるのかどうかが最大の争点となった。ゴーン氏側は一貫して、本来は支払われるべき金額だったが、実際に支払われるかどうかは不確定だったとして「確定報酬」を否定した。

ゴーン会長逮捕に向けて検察と結託していた日産経営陣は、逮捕の容疑事実が裏付けられるよう、あらゆる方法で全面協力した。特に重要だったのは、「繰延報酬」が確定報酬だという検察の主張を裏付けることだった。

繰延報酬は「確定報酬」だと言う以上は、日産は、その「確定報酬」をゴーン氏に払うことは覚悟しているのだろうと、誰しも思ったはずだ。

翌2019年4月8日の臨時株主総会でゴーン氏が取締役を解任された後、日産は「繰延報酬」について、過年度の有価証券報告書の訂正を行って約90億円の「未払金」を計上した。つまり、繰延報酬について「支払義務」があることを会計上認める措置を行った。一方で、当時の西川廣人社長は、「ゴーン氏に対しては別途、損害賠償請求権があるので、当面は支払わない」と説明した。

この過年度決算訂正に伴い、日産は、有価証券報告書虚偽記載の金商法違反であったと「自主申告」して課徴金を支払った。

そして、同年12月末、保釈中のゴーン氏が海外に逃亡し、日本での刑事公判の継続ができない状況になった。

翌2020年2月、日産がゴーン氏に対して、「ぼったくりバーの請求書」のような内容の、凡そ根拠のない請求を並べた約100億円の損害賠償請求訴訟を提起したのが、今横浜地裁に係属している日産原告・ゴーン氏被告の民事訴訟だ。「未払金」をゴーン氏に支払わないことを正当化するための訴訟だと思えた。

ゴーン氏の「取締役としての任務懈怠行為」による損害賠償を請求するものだが、ゴーン氏の不正に関して行ったとする日産の社内調査のための弁護士事務所費用約15億円、会計事務所費用約15億円などが書き並べられているものの、費用の具体的・合理的根拠はなく、日産経営陣がゴーン氏追放クーデター実行のためにかかった費用を、ゴーン氏に「つけ回し」しただけのような内容だった。

2022年3月3日、ゴーン氏不在のまま行われていたグレッグ・ケリー氏と法人としての日産に対する刑事裁判での、一審判決が言い渡された。日産は、第1回公判で公訴事実を全面的に認めた後、金商法違反を全面否認するケリー氏の傍らでの被告人席で傍観していただけだったが、判決では日産の主張通り、ゴーン氏の「繰延報酬」が「確定報酬」だと認められ、日産は、有価証券報告書虚偽記載での「有罪判決」を「勝ち取った」。

これまでゴーン氏は、「2010年以降、日産から毎年実際に支払われていた約10億円の役員報酬が確定報酬であり、秘書室長の大沼氏に、本来支払われるべき毎年約10億円の報酬額を記録させていたが、それは、退任後に改めて社内手続がとられるなどして合法的に受領できることになった場合にのみ受領するつもりであった」と主張し、年約10億円の繰り延べ分が「確定報酬」ではないことを強く主張してきた。

しかし、ゴーン氏の「繰延報酬」は「確定報酬」だということで開示義務違反を認定する日産の全面有罪判決がそのまま確定したことで、その日産が提起している民事訴訟で、それとは異なった「司法判断」が行われる可能性は低くなった。

そこで、被告のゴーン氏の側から、

「もし、万が一、そのような日産の主張が認められて、繰延報酬が『確定報酬』だったと認定される場合には、その『確定報酬』請求権によって、原告の請求を対当額で『相殺する』」

と主張した(予備的抗弁)。

検察とタッグを組んで行った「会長追放クーデター」での検察逮捕を根拠づける「繰延報酬」が「確定報酬」という日産の主張が民事訴訟でも認められるのであれば、その「確定報酬」について日産のゴーン氏に対する支払義務があるので、その分は、損害賠償請求が認められた場合に差し引いてほしい。当然のことを主張したまでだ。

ところが、その主張で、日産側は大混乱に陥った。

被告の予備的抗弁に認否をするだけで1年もかかった上、

「仮に報酬支払債務が発生したとすれば、同時に同額の損害賠償請求権が発生するので、相殺する」

と主張し、今回の弁論準備期日で、その根拠を主張してきた。

要するに、日産の言い分は、ゴーン氏は、当該年度の役員報酬を決定する権限を持っているので、自分の報酬も自ら決定し受領するのであれば、それは問題なく受領できるが、報酬の受領を翌年度以降に繰り越したら、そのような役員報酬の繰延は、代表取締役としての義務に反するので、日産は、「損害賠償請求権で相殺する」という理由で支払を拒絶する、というのである。

その損害賠償請求の理由としているのが、「繰延報酬」を作出することが金商法上開示義務違反にならなくても、以下の理由で、法令違反・善管注意義務違反となり、「繰延報酬」と同額の損害賠償責任が生じるというものだが、全く理解不能である。

  • (1)報酬決定権を有する代表取締役が、真実の報酬の開示を避けるために繰延報酬を作出することは、これによって当該事業年度に係る有価証券報告書において虚偽の報酬の内容を開示することとなるので、金商法違反の法令違反行為となる。
  • (2)繰延報酬を作出することは、仮に繰延報酬が「報酬等」に当たらないとしても、少なくとも金商法逮反の疑義が高く、金融庁からの課徴金等の負担を原告に生じさせ得る性質の行為であるから、善管注意義務に違反する
  • (3)取締役の報酬の決定を取締役会から再委任された被告がその権限を適切に行使したか否かを正確に判断することができず、繰延報酬が「報酬等」に当たるか否かにかかわらず、ガバナンスの効かない状況を自ら作出したうえで原告の負担のもとに利得を得るもので善管注意義務違反に該当する

しかし、(1)については、開示を避けるために「繰延報酬」を作出したからと言って、「作出」が金商法違反になるのではなく、作出した「繰延報酬」を有価証券報告書に記載せず、「虚偽記載」をすることが金商法違反の法令違反になるのである。

(2)については、「金商法逮反の疑義が高く、金融庁からの課徴金等の負担を原告に生じさせ得る性質の行為」というだけで、善管注意義務違反になるというのであれば、疑義がある会計処理に基づく有価証券報告書の記載があるだけで善管注意義務違反に当たることになる。

(3)についても、ガバナンスの効かない状況を自ら作出したうえで原告の負担のもとに利得を得る行為がすべて善管注意義務違反に当たるというのであれば、ガバナンスに問題がある会社の社長の行為はすべて善管注意義務違反になってしまう。

いずれにして、そのようなことで、法令違反や善管注意義務違反に問われる、ということになれば、取締役や会社幹部は破産者が続出することになる。

結局、「支払が繰り延べられた確定報酬」というのは、仮に、ゴーン氏が支払を請求したとしても日産は一切支払わないものだったということなのである。

日産が主張する「繰延報酬」なるものは、それが「確定報酬」であったとしても、実際には、いろいろ理屈をつけて日産は支払を拒絶するということのようだ。そうであれば、「支払われることのない繰延報酬」を、有価証券報告書に記載して開示する義務もない、と考えるのが当然であろう。開示義務がなければ犯罪にはならない。

今回の民事訴訟での日産の主張は、日産経営陣と検察の画策によって行われた「会長追放クーデター」での「ゴーン氏逮捕の“武器”」とされた「金商法違反の犯罪事実」を根底から覆すことになりかねない。

東京地方検察庁 Wikipediaより