地政学的に重要なトルコの大統領訪独

この人が外遊すると、訪問の先々で騒音が絶えない、というか、訪問先の(亡命)反体制派活動家から批判の声が飛び交う。その点、中国共産党政権の習近平国家主席の外遊時と似ている。

記者会見に臨むエルドアン大統領(左)とショルツ独首相(ドイツ連邦首相府公式サイトから、2023年11月17日、ベルリン)

トルコのエルドアン大統領は17日、ベルリンを公式訪問した。ほぼ4年ぶりのドイツ訪問だったが、同大統領のドイツ訪問が発表されると、独メディアは「トルコ大統領のベルリン訪問は厄介なテーマが多い」と、早速報じた。エルドアン大統領のドイツ訪問のために約2800人の警察官が動員され、ゲストの身辺警備に当たった。

それでは、エルドアン大統領のドイツ訪問が如何に厄介な訪問だったかを少し説明する。エルドアン大統領は先月、トルコ国会で中東情勢について演説し、パレスチナ自治政府ガザを軍事攻撃し、女性や子供たちを殺害するイスラエルを「テロ国家」と糾弾する一方、イスラム過激テロ組織「ハマス」を「パレスチナ民族の解放勢力」と主張したのだ。北大西洋条約機構(NATO)加盟国のトルコの国家元首がイスラエルを「テロ国家」と呼ぶこと自体、通常のことではない。

ちなみに、エルドアン大統領の「イスラエルはテロ国家」発言を聞いたイスラエルのネタニヤフ首相は冷笑を見せ「シリアの内戦でトルコ軍が行ったテロはどうしたのか」と述べ、一蹴している。

一方、エルドアン大統領を迎えたホスト国ドイツのショルツ首相は、「テロ組織が10月7日、イスラエルにテロ奇襲し、1300人以上のイスラエル国民を殺害した。イスラエル側には自国の安全を守る自衛権がある」と述べ、イスラエルを全面的に支持する姿勢を改めて強調した。

中東問題でその立場が全く異なるトルコ大統領とドイツ首相が同じテーブルについて中東情勢を話したならば、どのような会話が展開するか、両国関係者でなくても心配になってくる、というわけだ。

ショルツ首相は17日午後、エルドアン大統領と共に記者会見に出席し、中東問題でのドイツの立場を説明した時、「エルドアン大統領とドイツではパレスチナ問題では異なった立場、非常に異なるスタンスであることは知られていることだ」と断り、ドイツのイスラエル支持を明確に繰り返した。ただし、ゲストの立場を考慮し、「ドイツはパレスチナ人の人道支援では多くを実施してきた」とわざわざ述べている。

エルドアン大統領は欧州では「交渉相手としては手ごわく、出方が前もって予想できない指導者だ」と受け取られている。エルドアン大統領のトルコは地政学的な観点から見るならば、「非常に重要なポジッションにある」(オーストリア国営放送ドイツ特派員)ことは間違いない。

例えば、ウクライナ戦争での穀物輸出問題ではトルコはロシアとウクライナの両国間の調停役を演じ、スウェ―デンNATO加盟問題では依然、加盟の批准を拒否し、ストックホルムのNATO加盟にブレーキをかけ、欧州連合(EU)との難民収容協定(2016年締結)問題では協定の延期交渉が控えている(トルコ国内には数百万人の難民、特にシリア難民が収容されている)。すなわち、エルドアン大統領の意向を無視しては決定できないテーマが山積しているわけだ。

エルドアン大統領はベルリン訪問時には、トルコのEU加盟の早期実現を強く要求する一方、EU諸国へのビザ発給の迅速化を求めるなど、抜け目がない。ドイツにとってもトルコは重要な貿易相手国だ。国内には約500万人のトルコ系国民は住んでいる。エルドアン大統領のドイツ訪問では、トルコの与党「公正発展党」(AKP)を支持しているトルコ系住民は大歓迎する一方、反対派はエルドアン大統領の独裁的な政治を批判するといった具合で、ドイツのトルコ・コミュニティは完全に分裂している。

ドイツ民間ニュース専門局ntvは17日、「エルドアン大統領はモスクワとNATOの間でダブルゲームをプレイしている。エルドアン大統領の下、トルコはロシアによるウクライナ攻撃以来、繰り返し微妙なバランス調整を進めている。西側諸国との同盟、モスクワとの取引、ウクライナの工場――エルドアン大統領はあらゆるところで多大な問題を引き起こして、最終的に利益を得るのは主に彼自身である」と、エルドアン大統領の政治を辛らつに評している。

ショルツ首相は記者会見で、「われわれは非常に困難な時代に直面している。それだけに、指導者間の直接対話は大切だ」と述べ、ボスポラス海峡からのゲストとの会談の意義を説明している。

なお、ベルリンで18日夜、サッカー国際親善試合、ドイツ対トルコの試合が行われるが、エルドアン大統領は試合を観戦せずに、「トルコに戻って観る」という。それを聞いて、トルコ大統領の安全対策に腐心してきたドイツの治安関係者はホッとしたことだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年11月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。