人工知能開発哲学の決裂が招いたオープンAIの茶番

アメリカ、オープンAI社のサム アルトマン氏解任劇のニュースは日本でも一部では取り上げられていますが、一般紙での扱いや話題性は低そうに感じました。本件は時価総額12兆7500億円というとてつもない企業価値、そして将来への期待が託されたAI技術の総本山であるオープンAI社の創業者兼CEOであるアルトマン氏を巡るこのわずか1週間の話です。

同氏のオープンAI社からの突然の解任劇、マイクロソフト社への移籍発表、オープンAI社の770名の社員の9割以上の退職の意向、クーデター的退任を迫ったイリヤ サツキーバー取締役への強烈な風当り、更には今後、オープンAI社に於いてサツキーバー氏らクーデター組を解任したのち、アルトマン氏や社長のグレッグ ブロックマン氏がオープンAI社に復帰する可能性を含め、話題好きの人にはたまらない茶番となっています。しかし、その真の意味について掘り下げた記事は少ないようです。

そもそもの話と今回の問題点を探ってみましょう。

解任されたのでゲストカードを渡されたアルトマン氏 同氏Xより

オープンAIは2015年に非営利団体として組成されました。その創設にはイーロン マスク氏も名を連ねていますし、マスク氏の仕掛けがコトを複雑にしています。

オープンAIの設立の目的は「人類全体に利益をもたらす可能性が最も高い方法でデジタルインテリジェンスを進化させる」でありました。この堅苦しい言い方をもっと分かりにくい言葉でいうと「効果的利他主義」(Effective Altruism)という一種の哲学的社会運動になります。いわゆる「利他の心」なのですが、より計数的、かつ効率性を配慮したもので、学問としては今世紀に入ってから開花しています。

例えば災害地に寄付をするにおいてどうやれば最大効果が得られるかとか、自分が慈善事業をやるので他人からドネーションを募るとか、会社が永続的に成長する目的はマネーではなく徳や善を見える化して最大化するといった発想です。これらは効果的利他主義の一例でしょう。

オープンAIは創設目的からはアルトマン氏も含め、社会とAIの融和という思想が多少なりともあったわけです。これに拍車をかけたのがマスク氏で、彼はイリヤ サツキーバー氏という脳神経の権威でトロント大学、グーグルで経歴を積んだサイエンティストをオープンAIに招き入れます。サツキーバー氏は筋金入りの効果的利他主義者であります。

マスク氏の魂胆は反グーグルで、サツキーバー氏を利用する訳でしたが、結局マスク氏はアルトマン氏やブロックマン氏と対立、オープンAIから降りる結果となってます。

この1-2年、AIのあるべき方向は倫理的見地からも世界中で議論が巻き起こりました。その中で商業利用を第一義としたマイクロソフト社がオープンAIという非営利団体の下の下にぶら下がる営利企業、Open AI Global LLCに1.5兆円の複数年投資を発表したのは今年初めでした。これはアルトマン氏にとってAIの開発に必要な資金を得るためのやむにやまれぬ投資受け入れであったと思いますが、実際にはアルトマン氏とマイクロソフトはその時点で一体になりつつあったと言えそうです。

これに対して効果的利他主義のサツキーバー氏は異論を唱えます。これがアルトマン氏やブロックマン氏との社内対立の構図となったわけです。サツキーバー氏はAIが間違った方向で展開すればテロや生物兵器などに応用される可能性は高かったため、倫理的抑制を唱えたのです。ここは極めて難しい議論であり、ブレーキとアクセルを同時に踏むようなことができるか、という状況にあります。

個人的にはそろそろマスク氏がまた何か言ってくると思います。覚えていらっしゃる方もいると思いますが、マスク氏は今年、急速に展開するAI開発に倫理的見地から半年ぐらい開発を中断し、あるべき方向を議論すべきだ、と言っていました。その点からすればマスク氏も相当な効果的利他主義者であるのかもしれません。

さて、会社経営の見地から見るとサツキーバー氏を中心としたグループがいとも簡単にアルトマン氏とブロックマン氏を会社から追い出せたのはなぜかと言えば究極的オーナーがなく、会社の組織図上、トップは非営利団体なのです。そしてその下にぶら下がる持ち株会社にはマイクロソフトの影響力はなかったのです。何故なら同社はさらにその下にぶら下がる会社に1.5兆円を投じているからです。持ち株会社にマイクロソフトから役員すら送り込めないいびつでユニークな組織であり、6人で会社の全てが決められる仕組みの中で仲間割れが起きて今回の様な解任劇がいとも簡単に行えたのです。

ではこの先どうなるか、ですが、茶番に予想は禁じ手ですので何とも申し上げられませんが、3つしかシナリオはありません。①はマイクロソフトが用意したAI開発の子会社にアルトマン氏らが経営者として入り、オープンAIの大多数の社員もそこに移籍する ② アルトマン氏らがオープンAIに戻り、社員も残留し、クーデーター犯だけが処分される ③ 仲間割れをおこしたサツキーバー氏を含め、元の鞘に戻るのどれかです。お前ならどう思うか、と言われたら②か③の気がします。

①にした場合、マイクロソフト社は漁夫の利とされますが、AI開発の哲学、倫理的思想はないがしろにされるでしょう。故にマスク氏あたりがここで何かコトを興すのではないか、という気もしています。またオープンAIの12兆円の価値がゴミと化すのか、という点もクリアではありません。マイクロソフトとしては投資したOpen AI Global LLCを買収することで投資損を避けることができるのかもしれませんがそれを誰が同意するのかも不明瞭だし、最終的にオープンAI組織の中に巨額の利益が浮遊してしまう気もします。

一方、②ないし③の場合、非営利団体がトップにある非常にいびつな組織形態が残ることになり、社内統制やガバナンス、コンプライアンスは仮に一部の役員が入れ替わっても実態は変わらないでしょう。

今回の茶番は、表層はドラマ仕立てですが、本質的には難解なこの問題の議論を避けるのか、議論を進めるのか、という点で大きな岐路にあるとも言えそうです。

個人的にはこの問題、AI君に聞いてみたいと思います。効果的利他主義と営利主義を両立させるためにオープンAI社はどういう立ち位置を取るべきか、と。そしてアルトマン氏が最後は何をやりたいのか、そこがキーポイントである気がします。結局技術は高度ですが、扱う人たちは人間としてはまだ若い、ということも言えるかもしれません。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年11月22日の記事より転載させていただきました。