ハマスはイスラム教徒ではない

バチカンニュース(独語版)を読んでいると、「ハマスはイスラム教徒ではない」という見出しの記事を見つけた。ハマスはパレスチナ自治区ガザを2007年以降実効支配しているイスラム過激テロ組織だが、「ハマスのメンバーはイスラム教徒ではない」というのだ。

ハマス最高指導者イスマイル・ハニヤ氏(2023年11月21日、イラン国営IRNA通信から)

この発言は、ハマスは10月7日、イスラエルの境界網を破り侵入し、音楽祭に参加していた若者たちやキブツ(自由農園)を襲撃し、1300人余りのユダヤ人らを殺害したが、そのテロを目撃したイスラエル人の一人、イシャイエ・ダン氏が語ったものだ。同氏は22日、バチカンでローマ教皇フランシスコと会合している。

同氏によると、彼が共同設立したキブツ・ニル・オズとその周辺に住んでいた80歳の義妹カルメラさんは喉を切り取られ、12歳の孫娘ノイアさんも同様だった。彼の甥である53歳のオフェル・カルデロンさんは誘拐され、2人の子供、16歳のサハル君と12歳のエレツ君とともにガザ地区に連行された。全ての人質家族と同様に、ダン氏も親戚がまだ生きているかどうか分からない。

ダン氏によると、同氏は左翼平和活動家の家族の出身で、常にガザのパレスチナ人との対話に尽力してきた。

同氏は、「ガザの子供たちや人々が悲惨な状況の中で苦しんでいるのを見ると、私にとっては喜ばしいことではない。彼らが苦しんでいる間、私は安らかにいることができない。過去20年間、私の兄はガザからエルサレムとテルアビブにあるイスラエルの病院に病人を連れて行き、自力ではたどり着けなかった人々をガザに連れ戻してきた。彼らにとっては高すぎたので、キブツが全額負担した。そんなことをしたのは兄だけではない」という。ダン氏はガザ地区でのイスラエル軍の報復攻撃には反対している。

同氏は、「ハマスがやったことは、あらゆる信仰の観点から見て恐ろしいことだ。 私にはアラブ人の友人、キリスト教徒のアラブ人、イスラム教徒のアラブ人がたくさんいる。彼らはハマスのやっていることに反対している。ハマスのような蛮行がコーランの教えと整合するとは信じられない。ハマスはイスラム教徒ではない」と述べている。

「ハマスはイスラム教徒ではない」という同氏の発言を聞いて、フランスのパリでイスラム過激派テロリストの3人が仏週刊紙シャルリーエブド本社とユダヤ系商店を襲撃したテロ事件について、同国の穏健なイスラム法学者がジャーナリストの質問に答え、「テロリストは本当のイスラム教信者ではない。イスラム教はテロとは全く無関係だ」と強調したことを思い出した(「“本当”のイスラム教はどこに?」2015年1月24日参考)。

参考までに、著名な神学者ヤン・アスマン教授は、「唯一の神への信仰(Monotheismus)には潜在的な暴力性が内包されている。絶対的な唯一の神を信じる者は他の唯一神教を信じる者を容認できない。そこで暴力で打ち負かそうとする」と説明し、実例として「イスラム教過激派テロ」を挙げている。すなわち、イスラム教とテロは決して無関係ではないというのだ(「『妬む神』を拝する唯一神教の問題点」2014年8月12日参考)。

同教授の主張からいえば、ハマスは単なる過激派テログループではなく、イスラム派過激テロリストの集団ということになる。

ダン氏は多分、ハマスの残虐なテロ行為を目撃し、計り知れないショックと衝撃を受けたのだろう。だから、「ハマスはイスラム教徒ではない」という発言が飛び出したわけだ。

ところで、強制収容所から生還したオーストリア人の心理学者ヴィクトール・フランクル(1905~97年)は、「収容所では苦しむユダヤ人を助けていた兵士がいた」と述べ、「ナチス・ドイツ軍の中にも善意のある人間はいた」と主張、「集団的罪責」を否定し、ユダヤ人社会からもブーイングを受けたことがあった。

当たり前のことだが、イスラム教徒にもキリスト信者の中にもいい人間と悪い人間がいる。ユダヤ人は悪い(反ユダヤ主義)、イスラム教徒は悪い(イスラムフォビア=イスラム嫌悪)と安易にレッテルを貼るのは危険だ。ただし、テロ行為に対しては明確に一線を画すことが重要だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年11月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。