物流が35%も滞るかもしれない2024年問題について(林 秀樹)

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トラックドライバーの残業規制で物流が35%も滞るかもしれない

2023年1月に野村総研は、2030年に日本全体で約35%の荷物が運べなくなるとの衝撃的な試算を発表した。その原因は現在あらゆる業種で問題となっている人手不足に加えて、運送業界の「2024年問題」だ。

「2024年問題」とは、2024年度からトラックドライバーの残業時間に年間960時間の上限が設定される法律改正を指す。

この話題は連日マスコミを騒がせているが、運送業界の話がなぜこれほど注目を集めるのか?

すべての日本人に深く関わる物流業界について、雇用の専門家である社労士の立場から論じてみたい。

日本の物流は90%がトラック

日本の国内貨物輸送はトラック輸送がなんと全体の90%を占める。このトラック運送業がマヒしてしまえば経済活動に大きな影響を与える。

35%も荷物を運べなくなれば、例えば以下のような問題が発生する。

  • スーパーやコンビニなどから商品が消える
  • 工場に材料が届かず製品が完成しない
  • 医療機関に薬や医療器具が届かない
  • ガソリンスタンドにガソリンが届かない 等々

こういったインフラがボロボロになるような現象が日常的に起こる可能性があると、トラック協会によって指摘されている。

長時間労働を減らすことは労働者保護のためには極めて重要だが、物流がここまで滞る悪影響も当然のことながら無視できない。

この問題を回避しようと、政府やトラック協会などの関連団体、運送会社などは様々な対策を立てている。しかし2024年問題に関して運送会社の経営者と話をしていると、大きな誤解をしている人が多いことに驚かされる。

残業は法律違反である

2024年問題に対する誤解を解く前に大前提の話をしよう。

現在の日本の法律では社員に残業を命じることは違法だ。それではなぜ日本中の会社で残業が行われているのか?

本来違法の残業命令が可能にしているのは「36協定(サブロクきょうてい)」という労使協定が結ばれているからだ。36協定は正式名称を「時間外・休日労働に関する協定届」という。

その名の通り、残業や休日労働の限度時間などを労使で話し合って合意する協定だ。合意した範囲を超えて残業や休日労働を命じると法律違反になり、36協定を結ばず社員に残業を命じることは出来ない。

無制限に残業が出来るわけではない

当然、36協定を締結しても無制限に残業が可能になるわけではない。国が残業の上限時間を決めているからだ。

トラックドライバーなどの特殊な業種を除く一般的な労働者の上限は、現在でも年間720時間となっている。一方でトラックドライバーは2024年度から年間960時間と決められた。これこそが運送業の2024年問題だ。

トラック協会などは、運送業界の関係者向けに数年前から競うように2024年問題セミナーを開催して周知徹底してきた。その成果もあり現在トラック運送業界の関係者で2024年問題を全く知らない人はまずいないだろう。

業界関係者以外でも年間960時間の残業上限という数字を聞いたことがある人も多いと思われる。

しかし、ここに大きな誤解を生む原因がある。

その誤解とは「トラックドライバーは年間960時間の残業が自動的に認められる」という点だ。

2024年問題は36協定問題

残業命令は法律違反であり、合法にするには36協定の締結と労働基準監督署への提出が必要だ。その理屈からすると「自動的に年間960時間の残業が認められるわけがない」ということは理解できるだろう。

つまり、年間の残業の上限時間は960時間ではなく、年間960時間の時間内で企業が自ら決めて申請する必要がある、ということだ。

運送業界の関係者なら2024年問題について以下のように繰り返し聞いたはずだ。

「運送業界の2024年問題とは年間の残業時間に960時間の上限時間が設定される問題です」

これは決して間違っていないが、より正確に説明すると以下のようになる。

「運送会社は年間960時間を上限にした時間内で、36協定を使って残業の上限時間を決める必要があります」

つまり運送業界の2024年問題は36協定問題なのだ。本稿の趣旨からずれるため省略するが、運送会社でもドライバー以外はこの上限が適用されないといった間違えやすいポイントもある。

ドライバーの残業上限は960時間。要するにそれだけ。

ドライバーの労働時間に課せられる上限規制は以下の通りだ。

  • 原則は月間45時間、年間360時間までの上限規制
  • 特別な理由がある場合に年間960時間まで延長可能

ドライバーは通常の労働者に課せられる規制、1ヵ月100時間の制限や2カ月~6カ月平均での80時間制限、原則の時間(月間45時間)を超えてもいい年間6回の制限、これらがない。

極端な言い方をすれば年間960時間さえクリアすれば良い。これだけ大騒ぎする2024年問題とは意外と単純な問題なのだ。

しかし一般の労働者と混同して、年6回の回数制限でなおかつ月80時間の制限で36協定を申請してしまうと、上限は750時間となる(80×6+45×6=750)。

実務的な細かい話まですると、そのように間違って書いてしまいそうな書式になっていることもまた問題と言える。
ではその様に間違った36協定を労働基準監督署に提出するとどうなるか?

この会社のトラックドライバーは申請通り年間750時間の残業が上限となり、それを超えたら36協定違反になって罰則が適用されてしまう。

ドライバーの残業時間の上限設定には申請が必要であること、間違った申請をしないこと、一見するとこんな当たり前の手続きで多くの運送会社がつまづいてしまう可能性がある。これは2024年問題を更に悪化させるかもしれないと筆者が大いに危惧している問題点だ。

全ての業種に当てはまる36協定問題

実は2024年問題とは運送業界だけの問題ではない。運送業界以外にも建設業界や医療業界にも2024年問題は存在する。それぞれ残業時間の上限などは違うのだが、36協定が重要なのは同じだ。

建設業界と医療業界も、2024年問題のスタートに合わせて、36協定は新様式に変更される。運送業界や建設業界、医療業界などの2024年問題の対象業種以外にも、当然残業時間の上限は設定されている。

ただ、理屈は今回解説した運送業界と同じだ。何もせずに自動的に残業が認められる業種は存在しないと考えて良い。

残業が必要な会社はそれぞれの上限を守りつつ、会社の実態に合った時間数を記載した正しい36協定を作成して労働基準監督署に提出して欲しい。これは企業にとっての問題というだけではなく、適切な労務管理は従業員にとっても極めて重要であることは言うまでもない。

そして2024年問題をクリアするために重ねてきた努力を無駄にすることなく、社労士としては労使ともに働きやすく企業が経営されることを願っている。

林 秀樹 社会保険労務士 林労務経営サポート代表 株式会社エンパワーマネジメント代表取締役
社会保険労務士。林労務経営サポート代表。株式会社エンパワーマネジメント代表取締役。1972年生まれ。2001年に社会保険労務士事務所「林労務経営サポート」を開業。2018年に人事コンサルタント会社「株式会社エンパワーマネジメント」を設立。訴えられない会社作りをモットーに、他の社会保険労務士が敬遠しがちな「運送業の未払い残業代対策のための賃金制度作成」「問題社員対応」等を得意とする。「1DAY就業規則作成サービス」を開発し全国各地に顧問先を持つ。上場企業で企業リスクに関するセミナー講師の実績も多数。
公式サイト http://hayasisupport.net/
Facebook https://www.facebook.com/hideki.hayashi.904108

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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2023年11月24日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。