12月4日~14日、例年同様、ドバイで開催される気候変動枠組み条約締約国会合(COP28)に出席する。COP6に初参加して以来、中抜け期間はあるが、通算、17回目のCOPである。その事前の見立てを考えてみたい。
グローバルストックテークが最大の焦点
COP28は節目のCOPでもある。2023年はパリ協定第14条で定められているグローバルストックテーク(GST)の第1回目を完了する年に当たるからである。
GSTは、パリ協定の目標達成に向けた世界全体での実施状況をレビューし、目標達成に向けた進捗を評価する仕組みであり、その評価結果は、各国の行動および支援を更新・強化するための情報や、国際協力を促進するための情報となる。
各国政府は、2025年の自国の目標(Nationally Determined Contribution: NDC)として公約する削減目標を今後、更新・強化するにあたり、この情報を活用することが求められる。
先進国は削減目標引き上げにつながるメッセージをプッシュ
COP28の最大の争点はGSTに盛り込むべきメッセージの重点が先進国と途上国で全く異なっていることにある。
本年5月のG7広島サミット共同声明が明確に示すように、G7を中心とする先進国は1.5℃目標、2050年カーボンニュートラルを実現するため、IPCC第6次評価報告書に盛り込まれた「2025年ピークアウト、2030年全球43%削減、2035年全球65%削減」という数値をGSTのキーメッセージに盛り込みたいと考えている。
その意図するところはG7共同声明に明記されているように、中国、インドを中心とする新興国に対して2030年目標の大幅引き上げと2050年カーボンニュートラルへのコミットを促すことにある。
当然ながら、中国、インドが自らの手足を縛るような数値目標を受け入れることはない。本年9月のG20ニューデリーサミット共同声明では「温暖化を1.5℃に抑えるモデル化された世界全体の経路では、世界のGHG排出量は2025年までにピークアウトするとのIPCC第6次評価報告書の見解に留意する」とされており、IPCC報告書はあくまで「留意」の対象でしかない。
しかも「全ての国においてこのタイムフレームでピークに達することを意味するものではなく、各国の排出経路は持続可能な開発、貧困撲滅の必要性及び衡平性、各国の異なる事情に沿って形成される」と書かれており、2025年ピークアウトが途上国に適用されないように予防線を張っている。次期NDC改訂の指標としてG7が重視する2035年65%削減については言及すらされていない。
気候変動交渉において途上国の主張に理論的裏付けを与えるThird World Network というシンクタンクがある。
11月にペナン島にあるThird World Network を訪問して意見交換したが、彼らは
IPCC第6次評価報告書のシナリオ分析やそこに盛り込まれた2025年ピークアウト、2030年▲43%、2030年▲60%という数字は衡平性や共通だが差異のある責任という気候変動枠組み条約の基本理念を考慮していない。
GSTにおいてBASIC(ブラジル、南ア、インド、中国)やLMDC(Like Minded Developing Countries: ボリビア、中国、キューバ、イラン、ニカラグア、ベネズエラ、サウジアラビア、インドなどが参加)がそのような数字を受け入れるとは考えられない。率直に言えば、1.5℃目標が実現できる可能性はない。
「1.5℃目標をやめよう」というのはリスクがあるため、皆、「引き続き1.5℃に向けて頑張る」と言うだろうが、グラスゴーにおいて1.5℃や2050年ネットゼロという方向を打ち出したのは誤りであった。
と述べている。
このため、GSTにIPCC第6次評価報告書に盛り込まれた数値が「削減目標」として盛り込まれる可能性は低く、盛り込まれるとしても「1.5℃目標達成のためには2025年ピークアウト、2030年▲43%、2034年▲60%が必要というモデル評価を含むIPCC第6次評価報告書に(緊急度をもって)留意する」といったラインがぎりぎりではないか。
途上国は資金援助の拡大につながるメッセージをプッシュ
GSTでは緩和(温室効果ガスの削減・抑制)のみならず、適応、資金フロー及び実施手段、損失と損害(ロス&ダメージ)、対応措置 (化石燃料輸出国等、緩和行動で影響を受ける締約国の懸念を考慮する義務)についても議論される。
パリ協定交渉の際、先進国がもっぱら緩和に焦点を当てようとしたのに対し、途上国の強い主張によってこれらの項目が盛り込まれた。気候変動交渉を一言で要約すれば、野心レベルの引き上げや削減目標を重視する先進国と、途上国への資金フローの拡大や資金目標を重視する途上国とのせめぎあいであり、その構図はGSTにも当然、持ち込まれる。
「先進国の強い主張により1.5℃目標、2050年カーボンニュートラルを盛り込んだ以上、途上国もより迅速な排出削減を求められることになり、ならば途上国の温暖化対策に必要な資金援助も大幅に拡大せよ」というのが途上国の論理である。
G20首脳声明では「特に途上国が自国のNDCsを実施する必要性から、途上国にとって、2030年以前の期間に5.8ー5.9兆ドルが必要とされることに留意する」と書かれている。この金額は2020年までの資金援助目標年間1000億ドルに比べて7-8倍であり、1000憶ドルすら未だに達成されていないことを考慮すれば、1.5℃目標に必要な削減量と現実とのギャップと同じくらいの開きがある。
これに加えてCOP28においてはロス&ダメージ基金について合意することになっているが、交渉は平行線をたどっている。
第1の争点はロスダメ基金の置かれる場所。米国など先進国は世銀に置くことを主張しているが、途上国は世銀に置くのではなく、独立した基金にすべきだと主張している。世銀に置かれた場合、途上国は各地域機関(ADB、AFDB等)を経由せねばならず、しかも世銀に加入していない国(キューバ、イラン等)ははじかれてしまうからだ。
第2の争点はロスダメ基金の受給資格である。先進国はLDCに限定すべきだと主張しているが、途上国はこれに反対している。
第3の争点は資金源である。先進国はパリ協定の関連決定を根拠に「ロスダメは責任(liability)と補償(compensation)を含まない」とのパリ協定関連決定を根拠にロスダメ基金への支払い義務はないと主張しているが、途上国は先進国の歴史的責任を考えれば先進国が支払うべきであると主張している。加えて先進国はロスダメ基金の資金規模に関する議論を避けている。1000億ドルの資金目標にかわる新目標を2025年までに合意することになっているが、先進国としてはロスダメ基金の資金規模を先行決定することは避けたいということだろう。
途上国は「資金援助は先進国の義務であるにもかかわらず、先進国は民間資金フローを確保するためには途上国側の環境整備が先決であるとして途上国に責任転嫁している。先進国が求める環境整備には民間資金を活用するための政府保証等のリスク低減措置が含まれるが、途上国の多くはそもそも重債務国であり、そんな能力はない。米国はインフレ抑制法によって米国企業に対して巨額の補助金を出しているにもかかわらず、海外支援については1セントも出していない。先進国は資金の話から逃げ回る一方であり、資金について何も進展がない一方で、途上国に対して次々に新たな義務を課そうとしている」とのフラストレーションをためている。
当然のことながら先進国が重視する削減目標と途上国が重視する資金目標(ロスダメを含む)はパッケージディールの対象となる。片方だけが前に進むことは許されず、それぞれが打ち消しあう可能性の方が高いのではないか。
UAEが企図するグローバル目標
議長国UAEはCOP28で2030年までの再エネ倍増、エネルギー効率2倍改善、グリーン水素倍増、排出削減対策を講じていない石炭火力のフェーズダウン等のグローバル目標を打ち出したいとしている。緩和や資金をめぐって先進国、途上国が鋭く対立する中で、「前向きな成果」を打ち出したいということであろう。
グローバルな目標であるがゆえに、各国に何かを義務付けるものではなく、その意味で合意が得やすいともいえるが、途上国はそれを実現するためにどれだけの資金フローが行われるかを問うだろう。
「排出削減対策を講じていない石炭火力のフェーズダウン」はグラスゴー気候合意と同じ表現である限り、受け入れられるだろうが、それを超えた表現(石炭火力から化石燃料火力への拡大、フェーズダウンからフェーズアウト、年限の設定)についてはインド等の途上国は受け入れないだろう。
全体としては悲観的
削減目標と資金援助をめぐって先進国と途上国の主張には大きな開きがあり、GSTにもその構図が持ち込まれる以上、全体としては悲観的にならざるを得ない。
「ウクライナ戦争やハマス・イスラエル戦争等、国際情勢が緊迫化する中で、温暖化防止が遅れることがあってはならない」という声は強い。しかしウクライナ戦争で生まれた西側先進国と権威主義国家の対立、ハマス・イスラエル戦争で露呈した西側先進国に対するイスラム世界の怒りが様々な形で交渉に影響を与えることは不可避と思われる。
筆者の事前の見立てはこんなところであるが、結果はCOPから戻った後、次回の投稿で報告したい。