イスラム圏諸国の人口圧力が世界を動かす

篠田 英朗

ガザ危機をめぐる日本外交で、非常に気になるのは、冷戦時代からのステレオタイプの図式で進められていないか、ということである。日本の同盟国アメリカが他の先進国とともにイスラエルを支援するので、日本は反対できない。ただし日本は中東から石油を大量に輸入しているので、アラブ諸国の怒りを買う発言もできない。

果たしてこの認識は、現代の世界情勢の認識として、正しいか。

アメリカのイスラエル支持の姿勢は、単純明快なものではない。むしろ最初に強く支持を打ち出し過ぎたという反省のトーンが、バイデン政権高官の発言からは感じ取れる。バイデン大統領の支持率は目に見えて下落し、イスラエルのために再選の可能性を乏しくするミスをしてしまった、というのが実情である。

欧州諸国にいたっては、もっと完全に割れている。イスラエル支持は、ドイツやその他の中欧諸国のホロコーストの歴史が生々しいナチスの第三帝国の領域でこそ顕著に見られるものの、その他の地域の視線は冷ややかだ。ベルギーより以西のラテン系の欧州諸国は、特にイスラエルに批判的なトーンがはっきりしてきている。イギリスでは、イスラエル支持を打ち出したスナク首相の姿勢に反対する大規模デモが連日のように発生しており、歴史的な支持率の低さに喘ぐ保守党もまた、イスラエル問題によって選挙で大敗北を喫する可能性を高めている。

翻ってパレスチナに同情的な諸国の動向を見れば、それはアラブ諸国だけではない。少なくともイスラム圏全域において、明確な反イスラエルの世論の動きが確認できる。その中にはASEANの大国であるインドネシアとマレーシアが含まれる。そもそも両国は、パレスチナを国家承認し、イスラエルを国家承認していない。さらには国連総会での投票行動を見れば、植民地化された歴史を持つ諸国は、ことごとくパレスチナに同情的で、イスラエルの占領政策に厳しい目を向けている。

これらの大多数の諸国が、全て貧しく無力な諸国である、ただ一部で石油が採掘されているだけだ、と断定できるか。もちろん、21世紀の世界情勢は、そのようなものではない。アメリカや欧州諸国のGDPの世界経済に占める低下し続けている。なんといってもイスラム圏諸国における人口増大の勢いはすさまじい。東南アジアからアフリカにかけて、イスラム圏諸国は、20~30年で人口を倍増させるスピードで人口増加させている。人口増加は、アジアから今世紀半ばをピークに止まっていくとも予想されているが、中東はその後も増え続けるし、アフリカでは今世紀末までに人口が3~4倍になると予測されている国も少なくない。

2100年までに人口が3.5倍になると予測されている西アフリカのセネガル

これは大量の若者層を吸収する経済政策をとらなければ社会不安が訪れるという深刻な圧力を、各国の政府に課している。同時に、豊かさを達成した後に人口を減少させている(移民を受け入れてようやく人口維持している)旧来の先進国への強烈な移民圧力にもなっている。容易には解決策が見つからない構造的な問題だ。人口増加しているイスラム圏が、それによって単純に国力・影響力を高める、と断言することはできない。しかしだからと言って、急激な成長を遂げているイスラム圏諸国の実力を過小評価するのは、危険すぎる。人口増加しているイスラム圏諸国は、いずれも高い経済成長を見せている。人口の増加に応じて、国力も増加していくと仮定することが、まずは自然な想定である。

日本は政治難民の受け入れには厳しいが、経済移民については実態として門戸を開く政策をとっている。人口動態から計算されざるを得ない政策だろう。東南アジア諸国だけではない。本年4月に南アジアのイスラム国(パレスチナを国家承認し、イスラエルを国家承認していない)であるバングラデシュのハシナ首相が来日した際には、日本側は労働力としてのバングラデシュ人の受け入れに魅力を感じている旨を表明している。

外交にバランスが必要であることは、言うまでもない。しかしそのバランス感覚は、当然、具体的な問題に応じて、そして時代の流れに応じて、変化していくはずだ。そこを見誤るならば、曖昧どころか、錯綜した外交政策に陥っていくだけだろう。


戦争の地政学 (講談社現代新書) 篠田 英朗