「小さな灰色の脳細胞」が綴る話

英国の推理作家アガサ・クリスティ(1890~1976年)の名探偵小説の主人公エルキュール・ポワロの「小さな灰色の脳細胞」は難解な事件を事実の積み重ねから論理的な思考で解決していくが、当方の「小さな灰色の脳細胞」は残念ながら論理的な思考からはほど遠く、直感と推理によって事件の背景を追っていく。以下の話は、当方の灰色の脳細胞に浮かび上がった思考を論理的ではなく、思いつくまでに書き綴る。

ウィーンの「雪が降る日」(2023年12月02日、撮影)

イスラエルが1日、イスラム過激テロ組織ハマスが戦闘休止の合意内容に違反したとしてガザ戦闘を再開したというニュースは少し残念だったが、ネタニヤフ首相ら戦闘内閣には他の選択肢がなかったのかもしれない。ハマスは戦闘休止が終わる直前、ロケット弾をイスラエルに向けて発射した。戦闘休止の延期を模索していたイスラエル側は、ハマスの戦闘再開の意思表示と受け取らざるを得なかったのだろう。

戦闘再開については、米国から強い制止の圧力がかかっていた。ブリンケン米国務長官がイスラエル入りしたばかりだ。ハマスの壊滅を図るネタニヤフ首相にとって余り時間が残されていないことが分かってきたはずだ。急いで今、ハマスを叩かないと、米国と国際社会からの戦闘中止への圧力が高まり、「ハマス壊滅」の目標を達成できなくなるという焦りがあっただろう。

兵士の家族を弔問するネタニヤフ首相 同首相Xより(編集部)

参考までに、欧米メディアがハマスの10月7日の奇襲テロ計画をネタニヤフ首相は事前に詳細に知らされていたと報じたこともあって、同首相を取り巻く国内外の圧力と批判は高まってきている。注意しなければならない点は、中東紛争の場合、多くの偽情報が流れてくることだ。当方の「灰色の脳細胞」によると、「詳細な情報ほど偽情報が多い」ことだ。偽情報であるゆえに、それが正しいことを証明するために長く、詳細になっていくからだ。曰く、「詳細にわたる、長い情報には気を付けよ」だ。

当方が「イスラエル・ガザ戦闘」で考えているテーマはこのコラム欄でも数回、紹介したが「平和」と「公平・正義」の選択問題だ。イスラエルは現在、10月7日のハマスのテロ奇襲への報復を実行し、失われた公平・正義の回復に全力を投入している。一方、イスラエルの自衛権を認める欧米諸国はここにきてガザ住民の人道的危機のカタストロフィを回避するために戦闘の休止、停戦を呼び掛けてきた。

テロの実行者はハマスであり、大多数のパレスチナ住民はガザ戦闘の犠牲者だ。イスラエル側はテロ実行者のハマスへの報復を履行する中で、ガザ紛争でパレスチナ住民の犠牲をも強いてきた面がある。イスラエル側は「ハマス撲滅」を継続する一方、パレスチナ住民の安全を確保しなければならない、といった難問に直面しているわけだ。

当方は、「イスラエル側は『公平』ではなく、『平和』を求めるべき時を迎えている」と考え出している。もちろん、「平和」といっても、紛争双方の合意に基づいた「和平」は現時点では期待できないが、犠牲が「公平」より少なくて済むというメリットがあるからだ。

ところで、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争は1995年11月、3年半以上続いた戦闘後、デイトン和平協定が成立した。その結果、ボスニアはイスラム系及びクロアチア系住民が中心の「ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦」とセルビア系住民が中心の「スルプスカ共和国」とに分裂し、各国がそれぞれの独自の大統領、政府を有する一方、それぞれが欧州連合(EU)と北大西洋条約機構(NATO)加盟を目標としてきた。

ボスニア紛争は死者20万人、難民、避難民、約200万人を出した戦後最大の欧州の悲劇だった。イスラム系、クロアチア系、セルビア系の戦いは終わったが、現状は民族間の和解からは程遠く、「冷たい和平」(ウォルフガング・ペトリッチュ元ボスニア和平履行会議上級代表)だった。必要に差し迫られた和平だった。

しかし、和平協定後、紛争勢力間で些細な衝突はあったが、大きな戦闘はこれまで回避されてきた。これが「冷たい和平」の成果だ。同じことが、イスラエルとパレスチナ紛争でも当てはまるのではないか。イスラエルとパレスチナ間の「冷たい和平」こそイスラエルが今、戦闘を停止して追及していかなければならない目標ではないか。もちろん、「冷たい和平」が民族間の和解に基づいた「暖かい和平」に進展していく、という期待は排除すべきではないだろう。

話は少し飛ぶが、「トラベリング・イスラエル」という動画によると、イスラエルの合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子どもの推定数)は3.1OECD(経済協力開発機構)で最も高出生率国だ。同国の少数派だが、超正統派ユダヤ人の地域の合計特殊出生率はなんと7.2だ。超正統派ユダヤ人が多くの子供を生む背景にはナチス・ドイツによって失った同胞600万人を取り戻す目的があるといわれ、ユダヤ民族を撲滅しようとしたアドルフ・ヒトラーへの復讐というのだ。

21世紀のイスラエルではリベラルな考えの国民が圧倒的に多くなったが、「ヒトラーへの復讐」は今なお国民の脳細胞に刻み込まれているといわれる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年12月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。