Fラン大学をつぶせという意見に対して教師が必死に反論しているが、私は大学をなくすべきだとは思わない。中世イタリアにできたUniversitasは、ギルドの徒弟修行として聖職者・医師・弁護士・官僚などを養成する職業学校であり、学問研究の場ではなかった。

ボローニャ大学の授業(Wikipedia)
研究費を「授業料」として集金するシステム
実験や演習を中心として研究する学問は職業の役には立たないが、授業料で資金は回る。研究者には授業は必要ないが、授業料を取るには必要だった。大学は教授の研究費を授業料として集金する装置なので、学生にはメリットがない。
大学はアメリカに輸入されて、さらに進化をとげた。アメリカのカレッジはリベラルアーツが中心だったが、教養主義だけでは学生が集めにくい。そこでドイツから輸入した研究中心の大学院を学部の上に継ぎ足し、職業教育をすることにした。
これはジョンズ・ホプキンズ大学が1900年ごろ始め、ロースクールとメディカルスクールが4年の学部の上にでき、6年修了して初めて一人前の職業人となるようにした。大学院の2年は学生にとっては無駄だが、大学にとっては差別化できる宣伝文句になった。
学部の教師はカレッジと同じ教育者だが、大学院には全米から一流の研究者を集め、大学院を修了して博士号をもつ者だけが教授になれるギルドをつくった。博士課程に5年もかける必要はないが、それは丁稚奉公と同じく徒弟修行でギルドを守る意味はあった。
大学は研究者の生活を守るギルド
大学は、今日も残る最大のギルドの一つである。ギルドは情報の非対称性が大きいときには職業的な能力のシグナルとして役に立つが、それは供給制限によってのみ機能する。医師や弁護士は資格試験で十分で、免許制にする必要はないが、それをやめた国はない。免許による供給制限が確実なレントをもたらし、勉強のインセンティブになるからだ。
しかしギルドとしての大学の役割は終わった。同世代の半分が入るギルドは、もうレントをもたらさない。今後はAIでホワイトカラーは不要になるので、学部はなくして研究者を養成する大学院だけに縮小すべきだ。
しかしAIにできない肉体労働や介護などの対人サービスの人手不足は深刻である。私学助成や学校法人の免税などの特権は廃止し、ホワイトカラーを再教育する職業学校に転換すべきだ。それが中世にできたUniversitasの原点である。







