12月8日から2泊3日で台湾に行ってきた。今年、3回目の台湾出張だ。誕生日の夜を一人寂しく過ごす結果となったが、台湾出身で米国在住の二人の研究者の発表は聞いていて有意義だった。特にスタンフォード大学のJean Tang教授の発表には感動さえ覚えた。
Gorlin症候群(基底細胞母斑症候群 :Basal Cell Nevus Syndrome)という病気の治療薬開発の歩みや、開発中の表皮水疱症の治療法を淡々と話する姿には心を打たれるものがあった。
彼女は大学で皮膚科医をしつつ、研究を進めている。私の米国留学のきっかけもGorlin症候群と同じく遺伝性腫瘍であったので、研究の動機には相通ずるものがある。タレントのはるな愛さんにそっくりな方だった(これだけで、セクハラと言われないと思うが、ギスギスした話はほどほどにして欲しい)。
心にもないはずなのに、「病気を治すため」と言う言葉を、研究費獲得のために軽く口にする研究者は多いが、彼女の話を一度聞いて欲しいものだ。全世界でも限られた数の患者しかいない病気の治療薬開発に興味を示す製薬企業などあるはずもない。テレビのコマーシャルで「誰も取り残さない」と宣伝している企業があるが、公器でよくもあんな白々しいことを言えるものだ。
話を聞いていて「日本では絶対にできない創薬研究だ」と思った。研究者も口先だけのうえに、審査する側も「こんな稀な病気の薬剤開発をして何の役に立つのだ」と平然とコメントする。もちろん毎年評価するといった馬鹿げた体制で希少疾患の薬剤開発などできるはずもない。
志のない研究者と、知力もなく、公平さもない審査員との融合で日本の研究体制は急激に劣化している。政治家詣をして無理に研究費を引っ張ている研究者、政治家になびく官僚も多いので、世も末だ。
文句を抑えて彼女の成果を簡潔に紹介したい。
基底細胞母斑症候群の原因遺伝子PTCH1はヘッジホッグシグナルと呼ばれる細胞増殖伝達経路に関与する遺伝子であり、彼女はこの経路を抑える阻害剤の臨床開発を行った。話を聞いていてさまざまな紆余曲折があったと想像された。いろいろな副作用がありそうだが、研究者も、それを支えるベンチャーも立派だが、それを支え続ける国や患者の支援も日本では難しい。
さらに彼女は表皮水疱症の治療法開発にも取り組んでいる。
表皮水疱症、遺伝子治療用ジェルを皮膚に塗布する臨床試験で治療効果を確認 – 遺伝性疾患プラス (qlife.jp)
皮膚は表皮が基底膜で真皮とつながる複数層の構造となっているが、表皮と真皮との接着が弱いために、少しの力で表皮が真皮から剥がれて水ぶくれができる。この病気の原因遺伝子として複数の遺伝子(ケラチンやコラーゲン遺伝子など)が知られているが、このうち、7型コラーゲン遺伝子に異常がある患者の皮膚細胞を体外で培養して正常7型コラーゲン遺伝子を導入し、患者に戻す治療法が彼女によって紹介された。
全身の皮膚が同じような状態だし、短期間の効果しかなく、完全に治癒できる訳でもないが、難治性の病気の克服に必死で取り組んいる医師や研究者がいるだけで患者さんの励みになるそうだ。
私は患者の顔が浮かばないような医学研究者は必要ないと思っている。そこが生物学研究と医学研究の違いだ。しかし、研究を補助する技術員が少なく、働き方改革と叫ばれているなかで、サービス残業でしか研究に時間が割けない。
これからの日本の医学研究をどうしたいのか、霞が関にも永田町にも青写真がない。「子供が3人いれば大学授業料無償化」など愚策の象徴だ。国から背骨がなくなり、軟体動物化しつつある。
編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2023年12月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。