期待がかかる日本製鉄、橋本体制下のUSスチール買収

新日本製鉄、略して新日鉄、思い出すのは高校生の頃、株式投資にハマっていた私に父親が「鉄は産業のコメだ」と教えてくれて、その頃、低位株の代表的存在だった同社株を何度となく売り買いしたのはとてもよく覚えています。その後、ずいぶん経ってから山崎豊子氏の「大地の子」に新日鉄が上海の宝山鋼鉄への技術供与する話を小説に書き換えたシーンが出てきたとき、当時は日中友好親善ムードに押された中での事業だったけれど、三顧の礼で迎えられてもその恩は仇で返され苦戦した鉄鋼業界という記憶も長くありました。

日本製鉄HPより

昨年だったと思いますが、日経ビジネスの特集が印象的でした。日本製鉄に社名変更した同社は住友金属工業との合併が原因で極めて経営が悪化する中、2019年に同社の社長として橋本英二氏が就任し、見事なV字回復の立役者となったと報じていました。その記事は私の中では刺激的でした。橋本社長の自分を信じてブレない姿勢でしょうか?このままでは会社が持たないと判断し、鉄鋼会社にとって死に等しいとまで言われる北九州の高炉を一基止めます。

また、日本製鉄にとっては重要なクライアントの一つであるトヨタ自動車に値上げを申し入れ、電磁鋼板に関する特許権侵害の訴訟では中国の宝山鋼鉄と共にトヨタ自動車まで巻き込む驚きの展開を見せました。私が衝撃だったのは経営者として絶対の自信と相手が誰であろうと正々堂々と向き合うその勇気であります。日本ではなかなか出来ないでしょう。その点では個人的には現在活躍する日本の代表的経営者の中でも注目株の一人として位置付けていました。

かつては世界一だったアメリカのUSスチールを今回、買収するとの発表は「橋本サン,またやりましたね」と内心喜んでいるのであります。確かに昔を知る人には「あのUSスチールかい?」と驚くでしょうが、最近は見るも無残で世界ランクは27位、アメリカの中でも3位程度にとどまり、今年夏には身売り先も含めた再建プランを打ち出していました。

もともとの買収劇は8月にアメリカ第2位のクリーブランド クリフス社が7.3ビリオンドルで買収提案をしたもののUSスチール側が拒否、日鉄のオファーはその2倍以上となる14.9ビリオン㌦です。特に円安下での買収ですので背伸びをした感じもしますが、旺盛な建物向けの需要以外に電気自動車の伸びが期待される中、重い電池に対応するため、薄くて強い高機能鋼材の需要が高まると判断し、先手を打ったとみています。日本の製鉄業界は世界でもトップクラスの技術を持っており、日鉄は特に高いレベルとされています。

日本企業が兆円単位の買収をすると必ずぐずぐずと文句の声が上がります。武田製薬の時もセブンイレブンの時も「そんなに払って大丈夫なのか?」と言われたので今回も必ず専門家やにわか評論家が文句を言うでしょう。しかし、私のように北米で買収が日常茶飯事行われている世界にいると「買えるチャンスがあり、買いたいと思うなら背伸びぐらいしてもかまわない」と思っています。

特にアメリカの製鉄業界は経営の効率化に向けた改善が必要のはずでもしも日鉄が「死ぬ気」で相手の会社のマインドを入れ替えるつもりがあるならよい買い物になるでしょう。死ぬ気とはブリヂストンのファイアストン買収の時、あるいはサントリーのジンビーム買収劇の時のような迫力です。サントリーの場合、新浪社長が自分でアメリカで陣頭指揮を執っていました。新浪氏は「やり遂げる覚悟を示す」と述べていました。

今回の日鉄もカネを出して買収しただけか?と言われるかどうかはこれから次第です。買収先をどう調理するのか、その本気度が全てであります。日本企業は多くの海外企業の大型買収をしたものの失敗例が後を絶ちません。日本郵政のトール買収、LIXILのグローエ買収、キリンのスキンカリオール買収、第一三共のランバクシー…買収を成功させるのは国内買収でも大変なのに海外はそれ以上に困難なのです。その点では橋本社長には勢いがあるので期待したいところです。

もう一つ余談としてはこの買収でJFEスチールと神戸製鋼所の経営統合の噂について背中を押すことになる気がします。この両社の合併話は結構前からちらほら聞こえていたのですが、今回、日鉄が一気に世界に進出するとなればJFEと神戸鋼は土俵際に押し出されるとみています。銀行業界で言うと三菱UFJがリーマンショックの時、モルガンスタンレーとの関係を構築して三井住友とみずほに大きく差をつける要因になったのとそっくりの構図とも言えます。

業界再編は日本にとってはプラス。また、アメリカの企業は正直、経営効率が下がってきており、短期的経営思考がより強くなっており、ビジョンがやや甘くなっている傾向も見て取れます。日本の経営はその点、厳しい管理ですのでアメリカの一番扱いにくい業界の一つにチャレンジする姿勢はアメリカ企業全般への刺激を通じて経営効率の改善にもつながればウィンウィンにもなるかもしれません。

最近は良い経済ニュースが少ない中で個人的には嬉しい話でした。応援したいところですね。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年12月19日の記事より転載させていただきました。