ロシアの特異な「大統領選」風景

ロシアで来年3月17日、大統領選が実施される。現職のプーチン大統領は8日、5選を目指して正式に出馬を表明した。17日は与党「統一ロシア」が第21回党大会で同大統領を全会一致で支持することを決定した。それに先立ち、プーチン氏は政権支持派のジャーナリストを招いて大々的な記者会見を開き、そこで「自分が如何にロシア大統領に相応しいか」をPRしたばかりだ。

ロシアの与党「統一ロシア」の第21回党大会風景(2023年12月17日、クレムリン公式サイトから)

ロシアではプーチン氏の通算5選を疑う指導者、政治家はほとんどいない。3選を禁止する党規約を改正して中国共産党政権のトップに座り続けている習近平国家主席と同様、プーチン氏は憲法を操作してこれまで長期政権を維持してきた。

プーチン氏の5選が確実視されている理由は、同氏の過去の実績が抜群だからではない。同氏の権力基盤を脅かす対抗候補者がいないからだ。もう少し厳密にいえば、有力な野党指導者やプーチン氏のライバルと見られてきた政治家は悉く抹殺されるか、出馬を断念せざるを得なくなって選挙戦の舞台から去っていったからだ。今回の大統領選もその点、同じ展開が進行中だ。

この夏、「24時間反乱」を主導した同国の民間軍事会社「ワグネル」の創設者エフゲニー・プリゴジン氏(62)は8月23日、搭乗していた自家用ジェット機の墜落で死去したが、欧米諸国の指導者や大手メディアは墜落事故の背後にはプーチン氏の関与がある、という点でほぼ一致している。プーチン氏は過去、体制の批判者、野党指導者、国家の裏切り者に対して、毒殺や橋からの墜落死などを演出して粛清してきた歴史があるからだ。

スイスの日刊紙ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング(NZZ)は「プーチン政権が公開処刑を行った」という見出しで、プリゴジン氏らワグネル指導者たちの墜落死を報じた。プリゴジン氏の墜落死を単なる事故死ではなく、世界が目撃できる公開での場で処刑したというのだ(「プーチン『私は弱くない』と誇示」2023年8月25日参考)。

また、ロシアのメディアが7月21日報じたところによると、元軍事情報官でドネツク人民共和国国防相に一時期就任したことがある超ナショナリストのイゴリ・ギルキン氏(52、別名ストレルコフ)が「過激主義を扇動した」という理由で拘束された。ギルキン氏はクレムリンのウクライナ戦争が「生ぬるい」としてロシア軍、そして軍の最高司令官でもあるプーチン大統領を批判してきた。ウクライナ戦争の扇動者であり、大ロシア帝国の再建を叫んできた過激な民族主義者だ。

興味深い点は、プリゴジン氏の「24時間反乱」後、プーチン氏は政権維持の重点を戦争反対の平和主義者や反体制派活動家対策から、戦争を支持しているが、そのやり方を批判する極右政治家、活動家の取り締まりに移してきていることだ。あたかも、「プーチン帝国」を脅かす勢力はもはや平和主義者、民主主義者など「ハト派」ではなく、プーチン氏以上に強硬派、戦争推進者の「タカ派」勢力だといわんばかりにだ(「プーチン氏『ハト派よりタカ派が怖い』」2023年7月23日参考)。

ロシアでは反体制派活動家たちへの引き締めはここにきて一段と強化されてきた。例えば、投獄中の著名な反体制派活動家アレクセイ・ナワリヌイ氏(47)は先週、「プーチンのいないロシア」キャンペーンを開始し、「来年3月の大統領選ではプーチン氏以外の対抗候補者に投票して、抗議の意思を表示しようと」と呼び掛けたが、その直後から彼は行方不明だ。同氏の広報担当者キラ・ヤルミシュ氏によると、ナワリヌイ氏はウラジミール地方のロシア捕虜収容所から移送されたが、同氏の居場所は12月6日以来、分からないというのだ。

ナワリヌイ氏は2020年8月、シベリア西部のトムスクを訪問し、そこで支持者たちにモスクワの政情や地方選挙の戦い方などについて会談。そして同月20日、モスクワに帰る途上、機内で突然気分が悪化し意識不明となった。飛行機がオムスクに緊急着陸後、同氏は地元の病院に運ばれた。症状からは毒を盛られた疑いがあったが、病院では代謝障害と診断。ナワリヌイ氏の家族がドイツで治療を受けさせたいと要求したが、「患者は運送できる状態ではない」と拒否された。最終的には昨年8月22日、ベルリンのシャリティ大学病院に運ばれ、そこで治療を受けた。ベルリンのシャリティ病院はナワリヌイ氏の体内から旧ソ連の軍用神経剤「ノビチョク」を検出し、何者かが同氏を毒殺しようとしていたことを裏付けた。

一方、ロシア側は旧ソ連軍用の神経剤が検出されたにもかかわらず、毒殺未遂事件への関与を否定してきた。ナワリヌイ氏らの努力によってロシア連邦保安庁(FSB)工作員が犯行に関与していた事実を掴んだ。ナワリヌイ氏が2021年1月17日、健康を回復してモスクワに帰国すると、ロシア当局は同氏を過去の有罪判決の執行猶予条件に違反したとして拘束した。その後、同氏は禁錮2年6カ月の実刑判決を受けた。今年9月には過激派組織を創設した罪などで19年の禁錮刑を言い渡され、モスクワから東約260キロ離れたウラジーミル地方コヴロフの収容所に拘留されてきた。

ところで、反体制派活動家、政治家が突然行方不明になるのはナワリヌイ氏が初めてではない。元モスクワ地方政治家アレクセイ・ゴリノフ氏(62)の行方が現在不明だ。ゴリノフ氏はウクライナでのロシアの攻撃を公に批判してきた。モスクワの裁判所は2022年7月、ロシア軍に関して「故意に虚偽の情報を広めた」として同氏に懲役7年の有罪判決を下した。ゴリノフ氏は、以前投獄されていたモスクワの東約200キロメートルにあるポクロフの流刑地にはいないという。ゴリノフ氏の弁護士らはゴリノフ氏の居場所や健康状態に関する情報を入手しようとしていたが無駄だったという。弁護士らの話によると、ゴリノフ氏の健康状態は非常に悪く、気管支炎を患い、呼吸困難を抱えていた。彼は必要な投薬を拒否されたというのだ。

プーチン氏の権力掌握術が如何なるものか一目瞭然だ。自身に反する政治家、活動家を弾圧し、牢獄に送る一方、国営メディアを通じて国民を洗脳していく。ロシア国民の場合、ソ連共産党時代から上からの権力で弾圧され、言論の自由を剥奪されてきた。ロシアとなった後も、大多数のロシア国民は自由に自身の考えを公表することを恐れているのだ。

ロシアの著名な哲学者アレキサンダー・ジプコ氏(Alexander Zipko)は独週刊誌シュピーゲル(7月8日号)とのインタビューの中で、「ロシア国民は強い指導者を願い、その独裁的な指導の下で生きることを願っている」という。そして「ロシア人は自身で人生を選択しなければならない自由を最も恐れている」と。残念ながら、ナワリヌイ氏の「プーチンのいないロシア」という声は荒野での叫びで終わってしまう可能性があるのだ(「『自由』はロシア国民を不安にさせる」2023年7月15日参考)。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年12月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。