EV補助金の打ち切り…その日は突然訪れた
12月17日、夜7時のニュースをつけたら、「EVの補助金は明日から中止されることになりました。あと5時間です」。
寝耳に水。まるでエイプリスフールだ。
政府はいくらお金がないとはいえ、この唐突さが信じがたい。この政権は2年前に始まったときからめちゃくちゃだと思っていたが、もう、笑うしかない。
前回のこのコラムで、ドイツ政府が突然、金欠に陥ってしまった次第を書いた。今回の補助金の急遽中止はそのせいなので、簡単にもう一度、掻い摘んで説明したい。
(前回:独ショルツ政権の気候政策に赤信号:憲法裁判所の衝撃判決)
ドイツでは財政規律が基本法(憲法に相当)により厳しく決められており、新規借入はGDPの0.35%を超えてはならない。そのラインを超えて借金が認められるのは非常時のみで、例えば、天災、戦争、疫病などの場合に限られる。そうして調達したお金は、もちろん、他の目的に転用してはならない。
ところが、ドイツ政府はそれを知りながら、コロナ対策のために調達したお金のうち、残っていた600億ユーロを素知らぬ顔で「気候とトランスフォーメーション基金」に付け替えた。そして、野党にそれを咎められても意に介さず、バラマキ予算を組んで悦に入っていたのだが、11月15日、ついに憲法裁判所(最高裁に相当)が違憲の判決を下した。そのため600億ユーロが消え、政府は金欠になってしまったのだった。
以来、ショルツ首相(社民党)、ハーベック経済・気候保護相(緑の党)、リントナー財相(自民党)が七転八倒の協議を続けていたものの、そう簡単に解決策は見つからず、結局、来年の予算を国会で通せないまま年を越すこととなった。これは1949年のドイツ連邦共和国建国以来、初めてのことだそうだ。
続く政治的混乱:3党連立政権の不協和音
ショルツ政権とは、社民党、緑の党、自民党の3党連立だが、この2年間、政府の内部抗争は尽きず、国民はかなりうんざりしていた。1年前、ショルツ首相は、これからは物価が下がると言い、ハーベック経済・気候保護相は、これからは景気が良くなると言ったが、実際にはどちらもハズレ。
その上、住宅不足解消のため、年間40万戸建てられるはずだった団地は建たず、どんどん進むはずだったデジタル化は進まず、学校は崩壊、遅延の電車はさらに増え、道路も橋もオンボロのまま。エネルギー価格は高止まりで、倒産件数も跳ね上がっている。なお、最近、国民を一番怒らせたのは、ヒートポンプ(電気)式の暖房設備の購入を義務付けた暖房法案だった。
そして、さらに今回、このインチキ予算問題が明るみに出たこともあり、12月初めの世論調査では、政府の支持率は3党あわせて33%まで落ち込んだ。内訳は、社民党14%、緑の党15%、自民党4%だ。
しかし、その後の予算案の再討議中、ショルツ首相は「何があっても福祉を切り詰めることはしない」と豪語。緑の党のハーベック経済・気候保護相も負けずに、「何があっても気候政策を切り詰めることはしない」。
というのも、社民党は今年、ドイツに住んでいれば誰でも(働ける健康な人でも、外国人でも)貰える、いわゆるベーシック・インカムを導入したばかりだし、難民もどんどん入れたい。一方、緑の党は、費用対効果が全く考慮されていない壮大な補助金のバラマキを是非とも続けたい。
こうなると節約は難しいから、何らかの非常事態をでっち上げて新たな借金をするのが一番簡単な金策だが、残念ながら、お財布を握る自民党が「何があっても財政規律を緩めることは絶対にしない」と言い張っていた。この頃、連立政権は潰れるのではないかという噂がかなりの信憑性を持って囁かれていたのは、決して偶然ではなかった。
政府の提示した驚愕の予算案
さて、最高裁の判決から4週間たった12月13日、前夜から寝ないで討議していたというこの3人が記者団の前に現れた。政府はどうやら潰れなかったらしい。
この時、国民の多くが期待していたのは、ベーシック・インカム、ヒートポンプ、風車やソーラーパネルの促進などが予算案から消えていることだった。これらはどれもこれも莫大な税金を食うが、ベーシック・インカムは働きたくない人々を利するだけだし、ヒートポンプも風車も太陽光パネルも、国民の負担が大きいだけで、脱炭素や電力の安定供給の役には立たない。
ところが、蓋を開けたら、驚くべきことにそれら全てが固持されており、その代わりに、炭素税が1トン当たり30ユーロから45ユーロと50%も跳ね上がっていた。しかも、1年後には再度上がるという。これは、ガソリンや暖房費に直接響くだけでなく、間接的にほぼ全ての価格を押し上げるから、産業界にとっても、国民にとっても只事ではない。
また、トラックの道路使用料の規定が変わり、支払い義務のある車種が、7.5トン以上の車輌から3.5トン以上にと変更された。ドイツの物流はほぼトラックに依存しており、特に中小企業にとって3.5トントラックは欠かせない商売道具だ。すでに不景気が到来している昨今、この負担に耐えられず、潰れる零細企業も出てくるかもしれない。
さらに大きな問題は、これまで農家が享受していた特典、ディーゼル燃料税と農業用車輌に対する車輌税の免除が、両方切り捨てられること。来年は燃料費自体も上がるだろうから、農家の負担は劇的に増える。
EUおよびドイツの農業政策は、これまでも農家に対して決して好意的なものではなかったが、特にドイツでは、現政権になってからさらに農家への風当たりが強まっていた。緑の党にとっては、農業も畜産業も自然を壊すものという位置づけらしく、今回もまさに農家が狙い撃ちされた感じだ。
政府と国民の乖離:ついに溢れ出した国民の不満
週末16日、17日、堪忍袋の緒が切れた全国の農民がついに決起した。あちこちで抗議集会が開かれ、スローガンは「no farmer, no food, no future」。
さらに17日にはトラックの運転手もシュトゥットガルトに集結。同じく17日、ハノーヴァーではバス会社と運送会社がバスやトラックを連ねて市中を走行、ショルツ内閣退陣を要求した。
そして、まさにその日の夜、幸か不幸か、冒頭の、EVの補助金が突然打ち切られるというサプライズニュースが駆け巡ったわけだ。
翌月曜日には、各地から1400台ものトラクターがベルリンに向かい、11時からブランデンブルク門で政府に抗議する大集会が開かれた。
「ベルリンの交通はほぼ麻痺」と、その日の夜のニュース。不思議なことにそのニュースでは、緑の党の農相がブランデンブルク門に集まった怒れる農民の前で、政府の予算案を批判している映像が流れた。まさか、当の農相が予算案の中身を知らなかったはずはないだろうに、いったいこの政府はどうなっているのか? 5日前、見え透いた団結を演出したショルツ首相以下3人だったが、彼らが寝ずに作った予算案はたった5日の寿命だったのか。この頃、すでに政府内でも激しい抗争が再燃していることは間違いなかった。
しかも、怒っているのは農民とトラックの運転手だけではない。国民の多くは、ヒートポンプ暖房の購入、あるいはマイホームの建設などの資金繰りに、政府が脱炭素達成のためとして大盤振る舞いを約束していた各種補助金をすでに組み込んでいる。これが、EVの補助金と同じく、いつ取り消されるかもしれないとなると、おちおち計画も立てられない。
ところが政府は、国民のそんな不安など無視して、「それでも我々はウクライナへの支援は減らさない。戦況が深刻になれば、さらに増やすだろう」と正義の味方を気取り、国民の神経を逆撫でしていた。政府と国民の乖離は甚だしい。
なお、今回の一連のニュースで印象に残ったのは、15日のシュヴァインフルトという町での抗議活動だった。
怒った農民たちが、緑の党の議員の事務所前に何十台ものトラクターで乗り付け、大きなプラ容器に入れた堆肥をプレゼントのように置いていた。地元のテレビが中継していたが、道路を一切汚さず、丁寧に堆肥を扱っている彼らの姿が、私にとってはとても新鮮だった。その後、農民の代表が報道陣の取材に答えて、「これが彼らのいう環境に優しい有機肥料だ。政治家の頭に人間としてまともな思考が育つよう、彼らに肥料を与えたい」などと言っていた。
国内がここまで不穏な事態になっているのに、なぜ、ショルツ首相が出てこないのかと怪訝に思っていたら、なんと、コロナに感染して一人で官邸の執務室にこもっているとか。本当だろうか?
ひどい政府を選んでしまった国民は苦労が多いが、日本も他人事ではない。日本の政治家も有機肥料が必要かもしれない。
(追記)混乱を避けるため、すでにEV車を購入していて、まだ補助金の申請を済ませていなかった顧客には、自動車メーカーが補助金を肩代わりすると申し出た。 来年以降は、大幅な値下げも検討しているということである。