中東問題
アメリカと中国は中東問題に関わるあり方を互いに模索しているようだ。
ジョージタウン大学のチャールズ・カプチャン(Charles A. Kupchan)教授の論考はシニカルに米中関係をとらえた点で、傾聴に値する。
これは、Newsweek (ニューズウィーク日本版) 2023年12/26・2024年1/2・1/9合併号[2024年の世界を読む]に掲載された教授の文章から引用された記事だ。
ハマスとイスラエル暴力の悪循環は、米中が協力して中東和平を推進するチャンスも生んでいる
今回、Newsweek誌に寄稿した教授の文章に基づき、中東における今後の米中のパワーバランスを考察しながら、中東問題と日本の関係性について、愚考をまとめてみたい。
Council on foreign relation(外交問題評議会)のsenior fellow(主席研究員)であるカプチャン教授は、中東問題の専門家として、アメリカ国内のみならずNATOの戦略決定会議においても影響力のある人物だ。その彼が、Newsweekのような大衆誌に寄稿することは稀なので、この論考は非常に貴重なものと見るべきだ。
カプチャン教授はこの記事の中で、
① ガザ地区のハマス支配の終焉
② ヨルダン川西岸地区の自治政府不支持
③ イスラエルのネタニヤフ長期政権
の3点を、イスラエル問題の今後の焦点と見ている。
ハマスが行った襲撃事件によって、ガザ地区は焦土と化してしまったが、パレスチナにとってはイスラエルがハマスを駆逐してくれるきっかけともなったと考えているだろう。パレスチナ自治政府内部ではハマスのようなテロ組織との関係において、自治のあり方で綱引きをしている状況が続いている。
パレスチナ人は、良くも悪くもイスラエルの間接統治が効いているガザ地区の方が、まだ安定していたと感じているのだ。だから、ハマスのようなテロ組織を支持していない。事実、10月7日以前のガザ地区内の世論調査では7割以上の人々がハマス不支持を表明している。パレスチナ自治政府にとって、ハマスのような組織は鬱陶しくてならない。ハマスの幹部はカタールにいて潤沢な資金力を背景に、自治政府に影響力を行使しようとしているが、一方でヨルダン川西岸地区やガザ地区は貧しさから抜け出すことができないでいる。
とは言え、10月7日以前のガザ地区沿岸部の画像を見れば、どこのリゾート地かと見紛うばかりに、発展しており、ガザ地区の住民は何がしかの職に就いていたりする。つまり、経済的にも安定していたのだ。
どのような形であれ、経済的に安定した社会を経験すると、人はそれを手放そうとは思わないし、その安定を脅かすものを嫌悪する。事実、パレスチナ問題を常に持ち出すことで何がしかの益を得ようとしている現在のパレスチナ暫定自治政府は、実はパレスチナ人から支持されていない。
同様に、長期政権化することで、経済発展の停滞とパレスチナとの緊張関係を維持しようとするネタニヤフ政権も、イスラエル国内出の支持率は低迷したままだ。祖国を大切に思うのは、イスラエル建国以後の国是ともなっているが、同時にパレスチナとの一国二制度の維持の状態を続けていきたいと考えているイスラエル国民は多い。いたずらなパレスチナ側との軋轢を望まないイスラエル国民も多いのだ。
つまり、パレスチナ自治政府側もイスラエル政府側も内政的には不安定さが常についてまわっている。ではそのような状況の中で依然として続いているイスラエル国防軍によるハマス殲滅作戦は、今後どのような方向に向かうのであろうか?
これまでの中東紛争の歴史的経緯を省みても、イスラエル国防軍はハマスが殲滅したと思えるまで、攻撃をやめないだろう。
カプチャン教授が結論つけているように、700万人のイスラエル人と700万人のパレスチナ系アラブ人との争いの中で、「和平」が実現するとすれば、それは数年間位わたる戦闘の結果の戦争疲れ以外には無いかもしれない。そうなると、イスラエル、パレスチナ双方の不安定な政権運営がどう影響するであろうか?つまり、戦争疲れはそのまま互いの政権運営への支持に影響が出ると考えられる。
中東問題に割って入ろうとしているのが、イランの支援を受けていると言われるイエメンのフーシ派だ。
アメリカがイスラエルに肩入れすることを批判し、ガザ地区のハマスと連帯するとして、紅海においてイスラエルに向かう船や紅海を航行する民間船籍の船を攻撃しているフーシ派は、元々、イエメンの内戦でイランとサウジアラビアの代理戦争の様相を呈しており、イランが支援するハマスに連帯するのは必然だと言える。フーシ派が気に入らないのは、サウジアラビアとの関係を強めるアメリカが中東問題に関与を深めることにある。
中東戦争はユダヤ教とイスラム教の代理戦争という名目を保ってはいるが、所詮は中東への影響力を行使したいイランを軸としたレバノン、ヨルダン、シリアの中東強硬派とイスラエルを支援するアメリカとの戦いなのだ。
これは第四次中東戦争以後、何も変わっていない。だからこそ、ハマスやイスラム聖戦はテロ活動をやめない。一つには、それしか手段がないからだとも言える。そこにイエメン内戦でジリ貧状態のフーシ派が関与していると見るのが正解だろう。
フーシ派は、スエズ運河航行の船舶に圧力をかけることで、欧米各国にプレッシャーをかけ、間接的にイスラエルのガザ地区とヨルダン川西岸地区に侵攻するイスラエルにプレッシャーをかけようとしている。
民間船舶は経済の大動脈としてのスエズ運河が航行できないとなれば、深刻な世界経済に影響すると言われている。事実、フーシ派が民間船舶への攻撃を行い始めて、スエズ運河航行を諦め、アフリカ大陸を大きく迂回する船舶が増加している。
ここまでが現在の中東紛争の大きな流れだ。
米中の思惑のズレ
では、これに対して、米中はどのような動きを見せるだろう。
アメリカはイスラエル支援を継続し、現在のウクライナ支援からイスラエル支援に軸足を移しつつある。アメリカは自国でのシェールオイル生産が順調なせいもあり、エネルギー問題に積極的に関与しようとはしていない。しかし、アメリカが中東問題を重要視しているのはかつての冷戦時代のソ連との勢力争い以上に、中国の存在を意識しているからだろう。
中国は表向きはウクライナ戦争にしてもイスラエルのテロ殲滅作戦にしても中立的な立場を維持しようとしている。積極的な関与は控えているのだ。
先ごろ行われたプーチン大統領との首脳会談でも、習近平主席は正面からのロシア支援は表明しなかった。
「親愛なる友よ」中国への依存強めるロシア…習近平政権、露との連携利用しつつ深入り避ける構え
中国は人民解放軍を擁している以上、日本とは外交スタンスが根本的に違う。日本は憲法の縛りを受けており、また先の大戦における枢軸国の立場があるが故に、時代を巻き戻すような外交スタンスは取ることは出来ない。中国の場合、専制主義国家であり、かつ自称連合国側にいる国家として、国連の常任理事国の立場がある以上、アメリカ同様、国連加盟国の戦争状態には相応の責任を求められる。
つまり、国家間の紛争に対して、人民解放軍を送り出す責任があるのだ。それが常任理事国の責任であり、だからこそ、拒否権という強力な権力を行使することができる。中国の現在の目的は、日本との領土、領海問題、台湾問題、インド国境問題、チベット・ウイグル地域の統治問題を抱えていながら、表面的にはそれらの問題に対処していることになっている。実際は、何もしていない。
何もする必要がない。外務省や中国共産党のスポークスマンに、口先外交をやっていれば良い。中国の周辺国は、人民解放軍の本当の実力に懐疑的で、有事の際に人民解放軍が実力行使をしたことが無いため、その戦力を過剰評価している点がある。加えて中国が保有している核兵器についても、実際に核弾頭を積んだICBMを撃つ可能性や、戦略核の使用は無いまでも戦術核使用に中国が踏み切るかどうかについても、疑問を呈する専門家は多い。
実験を繰り返したり実際に核弾頭を搭載可能なミサイルの開発を進めているとしても、過去の冷戦時代同様、本当に撃つことについて、中国共産党は及び腰ではないか?と言う見方だ。
アメリカは逆に、先の大戦以後、朝鮮戦争、中東問題、ベトナム内戦、レバノン、ドミニカ、グレナダ、パナマ、湾岸戦争、ソマリア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、リビア、アフガニスタンに関わり実戦を積み上げてきた。
中国共産党はもとよりアメリカとことを構える気持ちは全く無い。アメリカと今以上に緊張関係を高めても、中国が不利になることを知っているからだ。それは、軍事的なプレゼンスの違いによる。アメリカは過去を踏襲し、いざとなればガザ地区への攻撃も辞さないだろう。
現在、紅海で民間船舶を攻撃しているイエメンのフーシ派に対しても、いざとなれば徹底的な攻撃を仕掛けるに違いない。恐らくはイエメン国内のフーシ派の拠点は衛星とスパイを通じて掌握しているだろうから、いざとなれば直接爆撃も行う可能性が高い。
では、アメリカの行動に対してイランはイスラム革命防衛隊を使ってアメリカに対し反撃を行うだろうか?
その可能性は低い。当たり前のように判で押したようなアメリカ批判は行うだろうし、小規模のやり合いはあるかもしれないが、サウジアラビアを越えてまで、アメリカ軍に関わろうとはしないだろう。最終的にはことの発端であるハマスを批判することになる。カタールやレバノンにいるハマスの幹部批判も行うかもしれない。イランはどうせならハマスの幹部がために溜め込んだ私有財産を狙う可能性が高い。繰り返すが、中東のイスラム教国は、全然、一枚岩などではない。
そして、アメリカが中国に注文をつけるとすれば、軍事的なプレゼンスに加われと言うメッセージではなく、余計なことをするなと言うメッセージではないだろうか?
ウクライナとロシアの紛争において、中国は中立的な立場で最終的には両国の仲介役を買って出ることで国際社会の立ち位置を高めたいと考えている習近平は、プーチンに対して、エネルギーを買ってやるし、北朝鮮から弾薬を仕入れる仲介はするが、間違っても戦術核を使うようなバカな真似はするなと説得するだろう。
ロシアが戦術核を使用してしまうと、中国が恭しく仲介役に乗り出すシナリオが崩れてしまう。そうなれば、中国が最も狙っているウクライナ復興に向けての中国介入のシナリオが崩れてしまう。
だからこそ、現在の中東問題に対しては、アメリカから、中国人民解放軍の派遣は容認するとしても、他の欧米各国と歩調を合わせろとは言わないだろう。
元々、地政学的に見て中国は中東問題には関心が無かった。そして、口出しできるだけの政治力を持ち合わせていない。その役割を果たせる国があるとすれば、どちらにも片寄せしない日本くらいしかない。
もし中国がイスラエル批判に終始し、パレスチナを擁護すると言うことは、すなわちイランを擁護することになるとアメリカは考えているだろうから、そうなれば今よりも一層、過酷な国際社会の経済制裁に発展する可能性がある。
以前から、幾度も触れてきたように、中国の国内経済は不動産市場が総崩れになることによって、国内消費はデフレに向かいつつある。これまで中国経済を支えてきたのは、国内の製造業と先進国への輸出だったのだが、そもそも、輸出で儲けるお金を国内で還流させて国内消費に振り向けることで、経済発展をしてきた、その基盤が根底から崩れようとしている。
仮に金融機関の救済に中国共産党が乗り出すとすれば、すべての不動産市場の企業を国有化するか、大量の人民元を供給して不良債権の処理に向かうしかない。それはつまり、日本の失われた30年と同じ道を辿る。
経済規模が大きいのと、共産党一党独裁主義は、むしろ強権を発動して不動産市場の混乱を抑え込むかもしれないが、それはつまり、国内のインフラ整備や製造業支援を過度に遅らせることになる。
果たして、一度でも経済的な豊かさを経験した中国国民がそれを容認するだろうか?
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以後、
・中東ドミノと米中ドミノの影響
続きはnoteにて(倉沢良弦の「ニュースの裏側」)。