政治家の「本音」は「嘘」より危険

長期シリーズとなった米TV番組「スーパーナチュラル」(Supernatural)では霊が現れ、人々に本当のことを喋らせる魔法をかける。すると、人々は自身の本音や思いを語り出すから、家庭、会社、社会は大混乱する。人は通常、平気で嘘を言う。相手を騙すために、相手を傷つけないために、「嘘」を言う。内心考えていることや感じていることをズバリいえば、人間関係は険悪化することがある。「嘘」を賛美するつもりはないが、「嘘」にも一定の役割があることは間違いない(「『嘘』を言ってごらん」2020年2月18日参考)。

トルコ共和国・エルドアン大統領 トルコ大統領府公式サイトより

ところで、一国の指導者、政治家が会合相手に対して本音や人物評を語れば、険悪な関係に陥ることにもなる。最悪の場合、外交問題にまで発展する。世界の指導者は結構、記者会見や私的な会合の場で自身の本音や暴言を吐いているのだ。

政治の世界では、敵対関係の国の政治家と会合する時にも相手に対して一定の礼儀をもって接するし、それなりのプロトコールを守るのが通常だ。その慣習を破って、敵対している国の指導者に対して、ズバリ「本音」を吐けば、まとまる話や商談まで破綻するケースが出てくる。

最近では、トルコのエルドアン大統領が27日、アンカラでの演説の場で、イスラエルのネタニヤフ首相を「ヒトラーと変わらない」と酷評した。この発言は、イスラエル軍がパレスチナ自治区ガザで砲撃や空爆を繰り返し、多くのパレスチナ人を殺害していることに言及して、飛び出したものだ。ただ、イスラエルの首相を名指しで批判し、ユダヤ人を600万人虐殺したヒトラーと同列視する発言はやはり誤解を生むだろうし、イスラエル側からの強い反発が予想された。実際、ネタニヤフ首相はトルコ大統領の発言が伝わると、「お前(エルドアン大統領)はクルド人(トルコの少数派民族)を虐殺しているではないか」と反論している、といった具合だ。

エルドアン大統領には本音発言が過去にも結構あった。フランスのマクロン大統領は2020年9月1日、訪問先のレバノンでの記者会見で、「(わが国には)冒涜する権利がある」と強調した。同大統領は、パリの風刺週刊誌シャルリー・エブドがイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を掲載、イスラム過激派テロの襲撃テロを誘発したことに言及し、「フランスには冒涜する権利がある」と弁明したのだ(「人には『冒涜する自由』があるか」2020年9月5日参考)。

マクロン大統領の発言を受け、エルドアン大統領は同年9月24日、同国中部のカイセリで党支持者を前に、「彼(マクロン大統領)は今、何をしているのか知っているのだろうか。世界のイスラム教徒を侮辱し、イスラム分離主義として酷評し、イスラム教を迫害している。彼は宗教の自由を理解していない」と指摘し、「彼は精神的治療を受ける必要がある」と罵倒したのだ。

それに対し、パリの大統領府は、「国家元首に対するエルドアン大統領の発言は絶対に甘受できない。無礼だ。われわれは侮辱を受け入れることができない」と反発し、駐アンカラのフランス大使を帰国させた。

もちろん、本音を吐く政治家はエルドアン氏だけではない。ウクライナのゼレンスキー大統領も今月19日の記者機会見でロシアのプーチン大統領を「病人だ」と吐き出すように語っている。プーチン氏は数多くの戦争犯罪を行ってきた政治家だ。ウクライナ大統領としては受け入れがたい人物だが、「彼は病人だ」という発言はやはりきつい。一般的に見れば、プーチン氏は正常な思考の持ち主ではないことは間違いない。

独自の歴史観、世界観を有し、ウクライナをロシア領土と理解している。そして非武装化、非ネオナチ化を掲げてウクライナに侵攻していったわけだが、それをゼレンスキー氏は「プーチン氏は精神的な病にある」と診断したわけだ。理想的には、多くのメディアが書いているように「プーチン氏は自身のナラティブ(物語)に酔いしれている政治家」という表現に留めておくべきだった。相手を病人扱いにすることはその人間の尊厳を傷つけることになる。そのうえ、自身を酷評する相手と同レベルにおいて反論することになるから賢明ではない。

バイデン米大統領は失言と危言を吐く政治家で有名だ。今年11月15日、中国の習近平国家主席との会談後の記者会談で習近平氏を「独裁者だ」との人物評を追認している。バイデン氏から「独裁者」呼ばわりされた習近平主席としては気分が悪いに違いない。中国外務省は即抗議している。ただ、バイデン氏は「中国は我々の政治形態とは全く異なる共産主義国だ。その国を治めている指導者・習近平氏はやはり独裁者だ」と説明している。バイデン氏らしくない(?)冷静な説明だ。

政治家が記者会見や私的な場所で本音を語れば、その影響は内容の是非は別として大きな反響が出てくる。インターネット時代に生きる今日、発言内容は本人の意向とは全く別に解釈されて拡散する危険性もある。

2024年は台湾総統選、ロシア大統領選、欧州議会選、自民党総裁選、米大統領選など重要な選挙日程が続く。それだけに、世界は政治家の発言に注目する、その時、政治家が「本音」を語れば、大きな波紋が出てくる事態も予想される。政治の世界では「本音」は「嘘」より危険だからだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年12月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。