イラン革命後の最悪のテロ事件

イラン南東部ケルマン市で3日、2回の大規模な爆発テロが発生し、少なくとも84人が死亡、284人が負傷するというイスラム革命後、イランの45年間の歴史で最悪のテロ事件となった。現地の情報では、2回の爆発で少なくとも1回は自爆テロだったという。

そして4日午後(現地時間)、スンニ派イスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)がプロパガンダチャンネルを通じて犯行を声明した。それによると、イラン革命防衛隊(IRG)司令官だったカセム・ソレイマニ将軍の命日である1月3日の追悼行事中に、2人の戦士が爆発ベルトを爆発させたというのだ。イランは4日、全国規模で「犠牲者追悼の日」を挙行し、イランの在外公館は半旗を掲げた。

ケルマン市の爆発テロ現場(2024年1月4日、IRNA通信から)

このコラム欄で前日報じたが、イラン当局はテロ勃発直後、誰の犯行かを曖昧にし、「イラン国家の邪悪で犯罪的な敵が再び悲劇を引き起こし、多数の人々が殉教した。加害者は間違いなく正当な処罰の対象となり、彼らが引き起こした悲劇に対して厳しい対応を受けるだろう」(イラン最高指導者ハメネイ師)、「間違いなく、この卑劣な行為の犯人と首謀者は間もなく特定され、有能な治安部隊と法執行部隊によって裁かれるだろう」(ライシ大統領)と警告を発するだけに終わっていた。

イランでは国内で不祥事や反体制デモ集会が行われる度に、イラン当局は、「事件の背後には、米国、イスラエル、そして海外居住の反体制派イラン人が暗躍している」と主張し、糾弾するのが常だった。それだけに、イランの指導者2人が爆発テロ直後、米国やイスラエルを批判せずに、警告を発するだけに止めていたことは奇妙だったわけだ。

IS側が「ケルマン市爆発テロはわれわれが行った」という犯行声明を出すまではハメネイ師は爆発テロの責任の所在を明確にすることを避けていたわけだ。

もちろん、ハメネイ師やライシ大統領の周辺からは「米国とイスラエルの仕業」といった従来の批判の声はあった。例えば、イラン大統領顧問モハマド・ジャムシディ氏はX(旧ツイッター)で、「この犯罪の責任は米国とシオニスト政権にあり、テロは手段に過ぎない」と述べている。

また、イラン革命防衛隊コッズ部隊のイスマイル・ガアニ現司令官は、「ケルマンの市民が米国とシオニスト政権の血に飢えた人々によって攻撃された」と述べた。これらの批判は政権のプロパガンダに過ぎないわけだ。

ISのテロ事件はイランでは既に経験済みだ。2022年10月、ISはイラン南部都市シラーズにあるシーア派寺院襲撃事件の犯行声明を出した。同テロ事件では十数人が死亡した。イラン司法当局はイランが攻撃の責任を負ったアフガニスタン国籍を持つ男性2人を公開処刑した。ISはまた、2017年にイラン国会議事堂とイスラム共和国建国者ホメイニ師の墓に対する2件の爆破事件を起こしている。

ISはスンニ派のイスラム過激派テロ組織だ。そしてイランはシーア派の盟主だ。そのISがイラン国内でイランの英雄ソレイマニ司令官の命日にテロを行ったということになる。ISのイランへの挑戦だ。換言すれば、イスラム教のスンニ派とシーア派の宗派間争いという構図が浮かび上がってくるのだ。

ISはイランの大半を占めるシーア派住民をイスラム教からの背教者とみなし、彼らを軽蔑している。ISの分派は隣国のアフガニスタンで活動しており、パキスタン近くのホラサンに拠点を置いている。通称「イスラム国ホラサン州」(ISKP)と呼ばれている。

一方、イランはスンニ派の盟主サウジアラビアと接近している時であり、イスラエルのガザ戦争ではハマスを支援するイランはアラブ・イスラム教国を結束させて反イスラエル包囲網を構築している矢先だ。それだけに、ISのテロはタイミングが悪い。ISは同じスンニ派のハマス指導部に対し、「シーア派組織(イラン系)とは余り関係を深めないように」と警告を発しているのだ。

参考までに、ISKPの台頭はイランや中東地域だけではなく、欧州でも警戒を要する。彼らはユダヤ人とキリスト教徒に対する世界的な攻撃を呼びかけているからだ(「『イスラム国』分派が欧州でテロ工作か」2023年12月27日参考)。

英国のキングス・カレッジ・ロンドン(KCL)で教鞭を取るテロ問題専門家のペーター・ノイマン教授は「ISKPは現在最も活発なテログループであり、その起源はアフガニスタンで、最も過激で暴力的なジハーディスト(イスラム聖戦主義者)武装集団だ。おそらく現在、西側諸国で大規模なテロ攻撃を実行できる唯一のIS分派だ」と説明している。

なお、イラン当局がケルマン市の爆発テロ直後に取った最初の対応は対アフガン、対パキスタン国境線の警備強化だったという。イランがISKPの侵入を恐れていることが良く分かる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年1月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。