80年前、連合国の勝利を決定づけたレンドリース法の再来(藤谷 昌敏)

Olena Bartienieva/iStock

政策提言委員・金沢工業大学客員教授 藤谷 昌敏

米国バイデン政権は、ウクライナとイスラエル支援のため、総額1,060億ドル(約15兆8,900億円)の予算を議会に要請している。

予算要求の内容は、ロシアの侵攻を受けているウクライナへの1年分の支援614億ドル、パレスチナ自治区ガザのイスラム組織ハマスから攻撃を受けたイスラエルの防衛増強費143億ドル、パレスチナ住民への大規模支援を含む人道支援100億ドル、米・メキシコ国境警備と合成オピオイドのフェンタニル密売取り締まりに136億ドル、台湾などインド太平洋地域のパートナー国・地域への支援、及びその他の国家安全保障上の優先事項として74億ドルを含んでいる。

バイデン大統領は、予算要求の際、イスラエルを攻撃したイスラム主義勢力ハマスと、ウクライナへの侵攻を続けるロシアのプーチン大統領を「近隣の民主主義国家を完全に消滅させようとしている」と非難し、放置すれば「さらなる混乱と死、破壊をもたらし、米国や世界への脅威は増大し続ける」と指摘した。「ウクライナが敗北しなかったのは我々のおかげ」とも強調し、両国への支援の継続を訴えた。

この予算要求について、米国政府がウクライナ支援の資金が「緊急に必要」と議会に警告したにもかかわらず、野党共和党が中心となって反対し、共和党内でも未だにまとまっていない。ウクライナでの戦争が始まった昨年2月以来、米議会はウクライナに対する1,100億ドル(約16兆2,000億円)以上の軍事・経済支援を承認してきた。

トランプ前大統領に近い共和党のマイク・ジョンソン下院議長は、「バイデン政権は、下院の正当な懸念に何一つ実質的な対処をしていない。ウクライナにおける、明確な戦略、紛争解決への道筋、米納税者の支援に関する説明責任を適切に果たす計画がすべて欠如している」と主張し、数百億ドル規模の追加の資金拠出について消極的な姿勢を示している。また、共和党内の保守強硬派は、ウクライナでの戦争に対するバイデン大統領の姿勢に公然と反対しているとされる。

米国の民主主義の兵器庫構想への回帰

バイデン大統領が進める武器の大幅な生産拡大は、第二次世界大戦で米国が掲げた民主主義国を支える「兵器庫」構想に回帰したものだ。バイデン氏は、国民向けのテレビ演説で「第二次世界大戦と同じように国家を愛する米労働者が民主主義の兵器庫(Arsenal of Democracy)をつくり、自由という理念に貢献する」と主張し、イスラエルやウクライナ支援を求めた。

この「民主主義の兵器庫」という言葉は、戦前の第32代米国大統領フランクリン・デラノ・ルーズベルト(Franklin Delano Roosevelt:1882年1月30日〜1945年4月12日)が1940年に国家安全保障への脅威についてラジオ演説をしたときに使った言葉で、民主主義国を支えるためにナチスドイツと戦う英国に武器を供給すべきだ、などとする考えを示した。

当時も米議会で外国への軍事支援に慎重な意見があったが、それでもルーズベルト氏は1940年の大統領選に勝利し、国民の理解を得て英国などの支援を進めていった。

その後1941年3月、レンドリース法(武器貸与法)が成立した。米国は、この法律に基づいて大量の戦闘機・武器や軍需物資を中華民国、イギリス、ソビエト連邦、フランスその他の連合国に対して供給した。終戦までに総額501億ドル(現在の日本円で約105兆円)の物資が供給され、そのうち314億ドルがイギリスへ、113億ドルがソビエト連邦へ、32億ドルがフランスへ、16億ドルが中国へ提供された。

レンドリース法の特徴は、第一に貸与または賃貸が可能であったことだ。第一次世界大戦での米国の支援が借款だったため、戦後にその返済で英国が苦しみ、さらに英国がドイツに賠償を厳しく求めたことで、ドイツによる戦争の再発に繋がったことを反省したためだった。基本的には貸与なので使った武器は戦後返還するか、損傷したものは賃貸料を払うことになっていた。

第二に対象が共産国だったソ連や中国にも拡大したことがある。特にソ連に対する支援は国内でも反対が根強かったが、ルーズベルト氏は「対独戦にはソ連の力が必要」と判断し、ソ連を支援した。

ちなみに当時、米国政府内には、多数のソ連スパイが潜伏しており、ルーズベルト氏の対独対日戦略方針や戦後秩序に大きな影響を与えたとも言われている。事実、ドイツとともにポーランド分割で戦争の火ぶたを切ったソ連が戦後、国連常任理事国入りを果たして東欧諸国を手中に収めるなど、米国と並ぶ大国となったのは、米国政府内にソ連の強い影響力があったからにほかならない。

米国大統領選によっては、日本が前面に立った防衛の可能性も

今回のウクライナ支援の際にも、2022年5月10日に「2022年ウクライナ民主主義防衛・レンドリース法」(Ukraine Democracy Defense Lend-Lease Act of 2022)が成立している。

ロシアのウクライナ侵攻が開始された当初、米国の防衛産業は、兵器生産の増強に懐疑的で、「戦争は短期で決着するのではないか」と思っていたようだ。だが、厖大な予算が消費された現在は、米国と同盟国がロシアと中国からの一段と攻撃的な行動を想定して高額の兵器類や軍需品の調達を増やすと考えている。

だが、2024年11月5日の米国大統領選の結果、ロシアとの密接な関係が疑われるトランプ前大統領が再度大統領となれば、本格的にウクライナ支援を途絶させる可能性も否定できない。もしもウクライナが敗北するようなことがあれば、次にロシアが攻撃するのは欧州か日本しかない。

一方、日本政府は、2023年度予算案で、米国の武器輸出制度「有償軍事援助」(FMS)に基づく武器購入に過去最大の1兆4,768億円を充てた

。F35A戦闘機の取得に約1,069億円、空母搭載用のF35B戦闘機の取得に約1,435億円、F15戦闘機の能力向上に約1,135億円、E2D早期警戒機の取得に約1,941億円、トマホークの配備に約2,113億円、イージス艦にトマホークを搭載する関連器材の取得等に約1,104億円を計上した。日本政府の防衛予算は、2023年度から5年間で総額43兆円としている。これほどの予算額となったのは戦後初のことだ。

また日本政府は、ライセンス生産の防衛装備品について、特許を持つ国への輸出を全面解禁したが、輸出先から第三国への移転は条件付きで容認されるに留まっている。早期に実質的な対外武器輸出を解禁して防衛産業を復興させなければ、防衛力の増強には結びつかない。日米が中心になって取り組んできたインド・太平洋構想の取り組みを画餅に帰してはいけないのだ。

【参考】
日経新聞 2023年10月21日付
REUTERS 2023年12月19日付
その他

藤谷 昌敏
1954(昭和29)年、北海道生まれ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程卒、知識科学修士、MOT。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ、サイバーテロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、JFSS政策提言委員、経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA未来情報研究所代表、金沢工業大学客員教授(危機管理論)。主要著書(共著)に『第3世代のサービスイノベーション』(社会評論社)、論文に「我が国に対するインテリジェンス活動にどう対応するのか」(本誌『季報』Vol.78-83に連載)がある。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2024年1月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。