日本の令和六年は元日の能登半島を襲った巨大地震で明けた。世界に目を転じても露ウ戦争は3年目に入りそうだし、イスラエルとハマスの戦いも先が見通せない。加えて今年は1月13日の台湾総統選・立法委員選を皮切りに各国の重要選挙が目白押しだ。結果次第でまた世界が揺れる。
これら重要選挙の主な対立軸は、台湾でも米国でも韓国でも保守主義 vs.リベラルで概ね括れる。そこで本稿の「保守主義の手法は既存を維持しながらの改革」だが、筆者はこの表題をフランス革命を痛烈に批判したエドマンド・バークの「[新訳]フランス革命の省察」-「保守主義の父」かく語りき-から拝借した。
同原著は1790年に英国で刊行された。2011年に編訳された[新訳]の単行本が上梓され、20年12月にはPHP文庫に加わった。同書は230余年も昔の古典とは思えない程に、今の「社会問題はどうやって解決されるべきか」(文庫版まえがき)の示唆に富む上、編訳の[新訳]はたいへん読み易い。
本稿ではバークの至言の幾つかを用いて、目下日本政界を揺るがせている自民党の派閥政治資金パーティーを巡る裏金事件、そして客室乗務員と乗客の冷静な行動によって危うく大惨事を免れた羽田空港でのJAL機と海保機の衝突事件の、当面の再発防止策を探ってみようと思う。
用いるのは以下の文節である。
政治の技術とは、斯様に理屈ではどうにもならないものであり、しかも国の存立と繁栄に関わっている以上、経験はいくらあっても足りない。最も賢明で鋭敏な人間が、生涯にわたって経験を積んだとしても足りないのである。だとすれば、長年にわたって機能してきた社会システムを廃止するとか、上手くいく保証のない新しいシステムを導入・構築するとかいう場合は、「石橋を叩いても渡らない」を信条としなければならない。(125〜126頁)
従来のシステムの過ちや弊害は、誰の目にもハッキリと映るため、大した頭がなくとも容易に判断できる。まして絶対的な権力を握っているのであれば、ひと言指示を出すだけで、それらの過ちや弊害をなくすという名目の下、システム全体をぶち壊すことができるだろう。(242頁)
前例のないことを試すのは、実は気楽なのだ。上手く行っているかどうかを計る基準がないのだから・・。対照的なのが、システムを維持しつつ、同時に改革を進めてゆくやり方である。この場合、既存の制度にある有益な要素は温存され、それらとの整合性を考慮した上で、新たな要素が付け加えられる。(242〜243頁)
裏金問題
裏金問題で自民党は11日、「政治刷新本部」を設ける。岸田本部長以下、党7役や幹事長代理を核に、麻生・菅の首相経験者を最高顧問に据え、外部有識者も加える。首相は年頭会見で「必要があれば関連法案を提出する」としており、政治資金規正法の改正まで踏み込むかが焦点となる(9日の「朝日新聞」)。
全七章三十三条からなる「政治資金規正法」は、その第四章「報告書の公開」で収支報告書の要旨の公表、収支報告書等の保存及び閲覧等、収支報告書等に係る情報の公開を義務付ける。総務省の「なるほど!政治資金 政治資金の規正」のサイトも「2. 政治資金の収支の公開」にこう書いている。
政治団体の会計責任者は、毎年12月31日現在で、当該政治団体に係るすべての収入、支出及び資産等の状況を記載した収支報告書を翌年3月末日(1月から3月までの間に総選挙等があった場合は、4月末日)までに、都道府県の選挙管理委員会又は総務大臣に提出しなければなりません。
そもそも政治資金規正法は、88年のリクルート事件を契機に選挙制度と政治資金制度の一体改革が焦点化し、政治資金パーティー関連規制などの新設(92年)、政党助成金制度などの導入(94年)、更に日歯連事件に伴う寄付金の上限設定や透明化(05年)など幾多の改正を経て今日に至っている。
だのにまた船頭だらけの「政治刷新本部」で大上段に構えて新たな仏を造るなら、バークのいう「過ちや弊害をなくすという名目の下、システム全体をぶち壊」して「上手くいく保証のない新しいシステムを導入・構築する」ことで、「既存の制度にある有益な要素は温存」せずに「前例のないことを試す」ことになりはしまいか。
事件の焦点は「収支報告書への不記載」に尽きる。現行の政治資金規正法に則って「すべての収入、支出及び資産等」を記載していれば起こらない事件だ。つまり「仏造って」「魂を抜いた」のだ。ならば「魂を入れる」=「収支を記載する」ことで先ずは事足りる。透明化で過度なパーティーや寄付は抑制されよう。
羽田事故
羽田空港に着陸したJALのエアバス(JAL機)が、地震の被災者に救援物資を輸送すべく待機中の海保機に衝突するという事故は2日17時47分に発生した。海保機の5名が死亡し、機長が重傷を負った。JAL機では搭乗員と乗客が冷静に行動し、379人が炎上する機体から生還した(14人が負傷)。
「日経ビジュアルデータ」が9日、3DのリアルなCG画像と共に国土交通省が公表した交信記録を報じた(英語の交信は省略。日本語は国交省による仮訳)。
17:43:02
JAL機(JAL516):「東京タワー(管制塔)、JAL516 スポット18番です」管制塔(Tokyo TOWER):「JAL516、東京タワー こんばんは。 滑走路34Rに進入を継続してください 。風320度7ノット。出発機があります」
17:43:12
JAL機(JAL516):「JAL516 滑走路34Rに進入を継続します」17:44:56
管制塔(Tokyo TOWER):「JAL516、滑走路34R着陸支障なし。風310度8ノット」17:45:01
JAL機(JAL516):「滑走路34R 着陸支障なし JAL516」17:45:11
海保機(JA722A):「タワー、JA722A C誘導路上です」管制塔(Tokyo TOWER):「JA722A、東京タワー こんばんは。1番目。C5上の滑走路停止位置まで地上走行してください」
17:45:19
海保機(JA722A):「滑走路停止位置C5に向かいます。1番目。ありがとう」
衝突はC滑走路上で起きた。海保機は管制塔からの「C5上の滑走路停止位置まで地上走行してください」との指示を「滑走路停止位置C5に向かいます」と復唱した。が、「滑走路停止位置」に止まっていたなら衝突は起きないから、何らかの事情で滑走路に進入したことになる。
日経記事は東大先端研伊藤恵理教授のコメントを「新技術の導入を」との小見出しで載せている。
現在の航空交通管理のインフラ基盤は1950〜60年代にかけて確立した。それから通信・航法・監視技術が発展しデジタルデータを利用できるようになったこともあり、刷新の動きが2000年代から世界中で始まっている。管制官とパイロットが音声ではなくデータでやりとりする仕組みや、空港の全航空機の飛行情報を共有して離着陸の間隔を安全に自動制御するシステムの研究開発も進む。
伊藤教授はこう述べて、新技術の研究開発や導入に伴うコスト問題を世界が足並みを揃えて解決し、再発防止に向けて管制官やパイロットを支援する新技術の導入に繋げなくてはならない、とコメントを結んでいる。そうした取り組みが実現するならそれに越したことはない。が、時間も掛かるだろう。
韓国紙「朝鮮日報」は4日、「羽田の奇跡を生んだ『90秒ルール』」とは」と題し、非常時に全ての乗客が90秒以内に脱出できるように備えることを定めた「90秒ルール」が、1967年に米連邦航空局が全航空機メーカーに要請して以降「試行錯誤を経て徐々に詳細が定められてきた」ことを報じた。
すなわち、80年にリヤド空港で起きた事故で、緊急着陸に成功しながら操縦士が避難指示を出せなかったために301人が煙を吸って死亡したのを契機に、客室乗務員にも乗客を脱出させる権限を付与したことに触れ、羽田で「客室乗務員たちが肉声と拡声器で脱出を指示できたのはこのためだ」とした。
これもバークの言う「既存の制度にある有益な要素は温存され、それらとの整合性を考慮した上で、新たな要素が付け加え」るという「システムを維持しつつ、同時に改革を進めてゆくやり方」であろう。その観点から、筆者は交信記録に「否定語」が一切使われていないことが気になった。
もしあの時、管制塔が海保機に対して「滑走路に進入してはダメ」と「付け加え」ていたら、海保機は「滑走路に進入しない」と復唱したはずだ。つまり「長年にわたって機能してきた社会システム」をアナログだからと「廃止」するのではなく、「新たな要素付け加え」るということ。
近頃の子育ては「褒めて育てる」式が流行りだが、筆者の頃は「足を拭かずに上がっちゃダメ」「歯も磨かずに寝ちゃダメ」とインパクトの強い「否定語」のダメダメ尽くしだった。海保機に求められたのも「飛び出すな 車は急に止まれない」式の「滑走路に進入しない」ことだった。
岸田首相は昨年12月、「明日は必ず今日より良くなる、こうした日本をつくっていきたい」と述べた。「其の言や善し」だが、今日何もせずに明日が良くなるはずもない。改正を重ねた現行政治資金規正法の徹底遵守も、管制塔の交信に「否定語」を加えることも今直ぐにできる。首相は直ちに指示すべきだ。
因みに「其の言や善し」の全文は「人の将に死なんとする 其の言や善し」で、辞書には「人が死に臨んでいう言葉は、純粋で真実がこもっている」とある。が、筆者に他意はない。