カタールで開催されているサッカーアジアカップ。地上波放送がないので盛り上がりが今ひとつですが、なかなか興味深いゲームが展開されています。
その一つが14日に行われた日本代表の初戦、ベトナム代表戦でした。久々に「教科書」の価値を感じさせてくれる好ゲームでした。今日はサッカーを通して心と人生を考える心理学者の戯言にお付き合いください。
え、またカタール?
本題に入る前に少々カタールについて書かせてください。2022年のワールドカップに続きカタールで開催ということで、普段サッカーをあまり見ていない人には「え、またカタール?」と思われるかもしれません。「なんで、そんなにカタールなの?」と思う方も少なくないでしょう。
カタールの国土はおよそ秋田県くらいの面積です。これまで日本では馴染みが薄い国だったかもしれません。しかし、エネルギー資源が豊かなカタールは近年、急速に豊富な資金力を持つようになりました。その中でスポーツによる国家ブランディングを推し進めています。
カタール、国家的ブランディング戦略としてのサッカー投資
特に世界的に注目度が高いサッカーへの投資が熱いです。一時期はネイマールやメッシも在籍し、現在でも2022年ワールドカップ得点王のムベッパを擁する世界的なBIGクラブ、パリ・サンジェルマンもカタール資本の傘下に収められています。
国内リーグ(スターリーグ)でも欧州で実績を残したスター選手を次々と獲得。代表的なところでは元FCバルセロナの司令塔で元スペイン代表、現在はFCバルセロナの監督でもあるシャビ・エルナンデスも在籍していました。日本人では元日本代表の中島翔哉も全盛期で異次元のサッカーセンスを見せていた当時はカタールリーグに在籍していました。
現在も多くの異次元の実力を見せる世界的な名選手をたくさん擁しています。日本人に馴染みが深いところでは、カタールワールドカップでドイツ、スペイン撃破に大きく貢献した日本代表の名ディフェンス、谷口彰悟が在籍しています。もちろん「オイルマネーで云々…」と言われることもありますが、世界のサッカーシーンで急速に存在感を高めつつある国であると言って良いでしょう。
94位のベトナム代表、一時は日本をリード!!
さて、カタールの話はこの辺にして、本題に話を移しましょう。
14日の初戦ベトナム戦、FIFAランキングは日本が17位、ベトナムが94位(023年12月21日)。日本人としてはランキング通りの実力の違いを見せつけてほしいものです。特にワールドカップ後の森保ジャパンの好調を考えると、多くのサッカーファンが「貫禄を見せつける日本、清々しく敢闘するベトナム」という展開を期待したことでしょう。
しかし、蓋を開けてみれば、FIFAランキングを考えるとベトナムの健闘が光ったゲームになりました。日本は勝利を収めたものの、前半40分くらいまではベトナムに攻略されてしまっていた印象です。
展開としては、日本は南野拓実の針の穴を突くようなゴールで先制したのは良かったのですが、その後、何と続けて2得点をベトナム代表に取られ逆転リードを許すことになります。ここから前半40分くらいまでは、「ベトナムの上達ぶりを披露」とも言えるような時間が続きます。
最後は地力の差、鮮やかな日本のゴールショー!!
しかし、時間の経過とともにじわじわと地力の違いが出はじめました。ベトナムは徐々に動きが悪くなります。そこを見逃さないのが世界のトップリーグで活躍する選手たちです。前半40分に南野のゴール、そして前半ロスタイムに中村敬斗の目が覚めるようなスーパーゴールで3-2のスコア。1点の勝ち越しでハーフタイムを迎えます。
後半、日本は温存していた久保建英を投入し、伊東純也を左サイドに配置するなど森保監督も采配を振るいましたが、ベトナムも前半で力尽きたわけではありません。ベトナムの追加点はならなかったものの、日本は上田綺世の1得点に抑えられてゲームオーバーとなりました。
トルシエの優れた教科書とベトナムの尊敬すべき国民性
このゲーム、結果だけ見れば4-2と日本の勝利なのですが、いろいろと考えさせられる興味深い要素が満載でした。失点の理由はなにか、チームの戦術、選手個々の個人戦術はあれで良かったのか…、などなど多くの識者が考察していますが、私はベトナムのトルシエ監督に、そしてベトナムの尊敬すべき国民性に注目しました。
トルシエ監督といえば、2000年のアジアカップで日本を優勝に導き、2002年の日韓ワールドカップでは日本を初の決勝トーナメント進出に導いた監督です。実績はすごいのですが、何かと日本サッカー協会とも選手とも「モメた」ことでも有名です。そのせいか、お人柄は「?」の評価がなされることもあります。
しかし、言葉が悪いのですが「弱いチームを勝利に導く確かな教科書」を持っていました。その教科書通りにチームが動けば「弱いチーム」も強豪と互角に渡り合えるのです。
そしてベトナムといえば、勤勉で温厚、忍耐強く謙虚で控えめな国民性がよく知られています。東京都内では外国人労働者が本当に多いのですが、ベトナムの方と思われる人たちは本当に丁寧な仕事をしてくださる…という評価をよく耳にします(もちろん、他の国の方々も良い仕事をしてくださっていますが)。
教科書は優秀な生徒がいてこそ価値が生まれる
教科書は、その教科書を丁寧に読み込んで活用してくれる「優秀な生徒」がいてこそその真価を発揮します。ベトナム代表はFIFAランクこそ94位ですが、教科書を活かす優秀な生徒という意味では恐らく世界でもかなり上位でしょう。つまりベトナムが日本に善戦できたのは、ベトナム人選手たちがトルシエの教科書を実現できる優秀な生徒だったから…、という事ができるでしょう。
例えば、日本ではフラット3と呼ばれたオフサイドというルールを上手に使った攻撃の封じ方(このゲームではフラット5のようにも見えましたが)は、緻密な練習で教科書通りにみんなが動かないと成立しません。しかし、ベトナム代表はかなりの精度でそれを実現できていました。また、ボールをキープするための組織的な連携の取れた動きは久保建英が絶賛し、「ベトナム代表の練習を見てみたい」とも語るほどでした。
良い教科書は優秀な生徒で光る、良い生徒は優れた教科書で輝く、そんな極当然ながら日々の暮らしでは忘れがちな真理を再確認させてくれる好ゲームでした。人生100年時代と言われる現代社会、今一度、良い教科書を使いこなす優秀な生徒に立ち返ることも良いのです。学びは救いです。あなたも、たまには優秀な生徒になってみるのも良いかもしれません。
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杉山 崇(脳心理科学者・神奈川大学教授)
「心理学でみんなを幸せに」を目指した心理学研究が専門。
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