1. 実質値って何?
前回は、日本の労働生産性の指標となる、労働者1人あたりGDPと労働時間あたりGDPについてご紹介しました。
日本は労働者1人あたりGDPでは1990年代以降停滞傾向が続いていますが、労働時間あたりGDPは上昇傾向となります。
平均労働時間が短くなり、年間の付加価値が停滞する割には、労働時間あたりの付加価値が増えているという関係となるようです。
今回は労働生産性の実質値について計算結果を共有していきます。
前回ご紹介したのは、付加価値労働生産性とも呼ばれる指標で、金額的な生産性です。
このような金額的な数値を、名目値と言いますね。
名目値は物価が上がる事でも上昇しますので、物価変動分を除外した実質値による生産性の比較も重要となります。
ただし、単純に売値が上昇しただけなのか、品質や機能・性能の向上も伴っているのかで、現実には物価という単一の指標では表しきれない変化もあるはずです。
実質値はこのような変化も見えなくなってしまう可能性がありますので、名目値を見るのも重要ですね。
名目と実質を双方見た上で、総合的に世の中の変化を把握するのが良いと思います。
実質値 = 名目値 ÷ 物価指数
一般的には上記のような計算で実質値が計算されます。
労働生産性などGDPを基準とした経済指標で利用される物価指数は、GDPデフレータと呼ばれます。
実質値は、ある基準年での物価で固定して、数量的な生産規模の変化を金額で表現したものとなります。
「基準年の物価で考えれば、いくらの金額に相当する」といった理解をすれば良いと思います。
物価を固定するためか、OECDのデータでは実質値はConstant pricesと表現されます。名目値はCurrent pricesです。
図1は日本のGDPデフレータの推移を示しています。
物価指数は、ある基準年を1(又は100)として、各年の水準をその倍率(又は指数)として表現されます。
当ブログでは特に断りのない限り、基準年を1.0とした場合の倍率として扱います(実質化の計算が容易のため)。
1970年基準(赤)を見ると、1990年代には2.5倍以上に達して、その後低下、停滞します。
1997年から2013年までは継続的に減少傾向が続き、2014年からやや上昇傾向となっています。
1990年基準(緑)、2010年基準(橙)も傾向は同様ですが、長期間1.0近辺で推移しています。
2. 労働者1人あたりGDPの実質値
それでは、各基準年のGDPデフレータで実質化した労働生産性を眺めていきましょう。
まずは、年間での生産性となる労働者1人あたりGDPの実質値です。
図2が、労働者1人あたりGDPの名目値(青)と、それぞれの基準年での実質値です。
1970年基準(赤)、1990年基準(緑)、2010年基準(橙)となります。
1970年基準(赤)が極端なのでわかりやすいですが、実質値は、名目値に対して物価上昇分だけ目減りした数値になりますね。
図1の1970年を基準としたGDPデフレータで名目値を割る事によって計算されるためです。
2021年では名目値800万円程に対して、実質値は250万円程です。つまり、1970年当時の物価で考えれば250万円相当の生産性となっている事になります。
当時は120万円程度だったので実質的な成長率は50年ほどの間に約2倍になります。
1990年基準(緑)を見ると、2000年以降は名目値よりも実質値の方が数値が大きくなっています。
これは、図1で見た通り1997年から2013年の期間でGDPデフレータがマイナスしていたためですね。
物価が下がった分だけ、実質値がプラス側に計算されます。価格を下げて、よりたくさん作り、よりたくさん消費していた事になります。
このため付加価値の金額的な総額(名目値)としては横ばいでした。
2021年では名目値800万円程度に対して、実質値は850万円強です。
2021年よりも高かった1990年の物価で見れば、数量的には850万円に相当する経済活動を行っていることになります。
2010年基準(橙)を見ると、2015年以降は名目値よりも実質値の方が数値が小さくなっています。
物価が上昇してきているので、名目成長よりも実質成長の方が低くなっている事になります。
3. 労働時間あたりGDPの実質値
続いて、労働時間あたりGDPについても眺めてみましょう。
図3が労働時間あたりGDPの名目値(青)と、実質値の推移です。
労働者1人あたりGDPよりも上昇具合が大きくなっているのが特徴的ですね。
1990年基準だと名目値よりも実質値の方が大きく、2010年基準だと名目値よりも実質値の方がわずかに小さい事も共通しています。
実質では名目よりも成長の度合いが高いというのは1990年代以降の日本経済の特徴ですね。
4. 日本の労働生産性の特徴
今回は日本の労働生産性について、基準年を変えての実質値をご紹介しました。
名目では停滞気味ですが、実質では成長の度合いが高いという特徴があるようです。
実質とは数量的な変化を見る指標ですので、よりたくさん作っている(実質成長)の割には、付加価値を稼げていない(名目停滞)という事も言えそうです。
平均給与は実質でも停滞が続いていますので、たくさん作っても、労働者への実質的な分配が増えていないという状況になっています。
家計からすると、収入は増えないのに、消費支出が増えている状況ですね。その分、投資や貯蓄(フロー)が減っている事になります。
近年は物価も上昇傾向で、少しずつ付加価値が増えていく方向へと変化している状況は見て取れますが、今のところその傾向が弱い印象がありますね。
今後どのように変化していくのか、引き続き注目していきたいと思います。
皆さんはどのように考えますか?
編集部より:この記事は株式会社小川製作所 小川製作所ブログ 2024年1月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「小川製作所ブログ:日本の経済統計と転換点」をご覧ください。