この欄でドイツの出来事をテーマにコラムを書く機会が増えてきた。どうしてかといえば、「ドイツでデモ、ストライキ、大規模な抗議集会が頻繁に行われるからだ」が答えだ。それではなぜ勤勉なドイツ国民が突然、デモやストライキに走るのかというと、国民がショルツ現政権に不満を持っていること、極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)への抗議デモなど複数の理由が考えられる。
以下は、「ドイツ国民はなぜデモに走るか」をテーマに、頭を整理するために隣国ドイツの最近の動向をまとめてみた。
ドイツ民間放送ニュース専門局ntvの世論調査によると、ショルツ首相の与党第1党「社会民主党」(SPD)の支持率はなんと13%というのだ。与党第2党の環境保護政党「緑の党」も14%、リベラル派政党「自由民主党」(FPD)は議席獲得に不可欠な得票率5%の壁をクリアできないほど低迷している。FPDは次期総選挙で連邦議会の犠牲を失うことすら予想されてきたのだ。ショルツ政権に参加するSPD、「緑の党」、FPDの与党3党の支持率は合計35%以下だ。65%以上の国民はショルツ連立政権に不満を持っていることになる。これではデモやストが多発しても不思議ではない。
現在のドイツの路上を占領しているは、極右政党AfDへの抗議デモ集会だ。ドイツ全土で先週末、数十万人の人々がAfDに反対し、「民主主義を守れ」と叫んで街頭に繰り出した。ドイツの日本商社の中心拠点だったノルトライン=ヴェストファーレン州の州都デュッセルドルフでも数万人がデモ行進した。ハンブルク市では6万人がAfDへの抗議デモに参加した。
デモ行進は特定の政党が主催したという組織的な政治イベントというより、国民が主体的に路上に出かけ、手作りのプラカードを掲げて「民主主義を守れ」と叫んでいる。参加者には子供連れも多く、週末に親子連れで参加するといった風情もある。プラカードやシュプレヒコールには攻撃的な内容もあったが、デモ行進の多くは平和裏に行われた。
デモ行進の直接のきっかけは、このコラム欄でも数回報じたが、ブランデンブルク州の州都ポツダム市(人口約18万人)で昨年11月25日、AfDの政治家や欧州の極右活動家のほか、「キリスト教民主同盟」(CDU)や保守的な「価値観同盟」の関係者が参加し、「外国人、移民の背景を持つドイツ人、そして難民を支援する全ての人たちを強制移住するマスター計画」などについて議論していたことが明らかになったことだ。ドイツ国民や政界は大きな衝撃を受けた。
ドイツの路上が反AfDデモで占拠される前は農業関係者たちがトラクターに乗って抗議行進をし、ショルツ連立政権の農業政策の改善、ディーゼル燃料に対する政府の補助金削減やCO2税など増税の撤回などを訴えてきた。首都ベルリンでは今月18日、農業関係者数千人が市中心部をトラクターで占拠した。そのほか、鉄道機関士労組(GDL)が賃金値上げや労働条件の改善などを要求したストライキを実施した。
いずれにしても、理由は様々であり、職種も異なるが、ドイツではデモ・ストライキが頻繁に行われている。「これまで沈黙してきた国民が目を覚まして路上に出かけてきた」と表現するメディアもあるほどだ。
ntvは反AfD抗議デモに参加していた70歳代の男性にインタビューしていたが、その男性は、「自分はこれまで路上に出て抗議デモに参加したことがなかったが、今回は参加せざるを得なくなった」と説明し、ポツダム近郊の極右団体の会合に危機感を持ったことを明らかにしていた。ドイツではAfDの禁止を求める声が出ている。それに対し、元憲法判事リュッベ=ヴォルフ氏は、「ドイツではAfDの禁止問題は常に、『もしNSDAP(国民社会主義ドイツ労働者党=ナチス)が禁止されていたらヒトラーの台頭は防ぐことができたのではないか』といった歴史的懺悔とリンクされる傾向が強い」と述べていたのが印象的だった。AfD抗議デモにはドイツの歴史的な事情が反映している面は否定できない。
ちなみに、ドイツ連邦憲法裁判所は今月23日、国民民主党(NPD)とその後継者であるDie Heimatに対し、国の民主主義体制を損なうという理由から公共支援金の供与を停止できる、という判決を下した。ただし、AfDの場合、政党への政府補助金カットにはハードルが高すぎるという意見が主流だ。また、ドイツ公安当局は、オーストリアの最大極右組織「イデンティテーレ運動」(IBO)の元代表マーテイン・セルナー氏に対し、ドイツ入国禁止を検討している。セルナー氏はポツダムの会合に参加し、北アフリカに最大200万人を収容する「モデル国家」を構築し、難民を収容するという考えを提示したという。第2次世界大戦の初めに、ナチスはヨーロッパのユダヤ人400万人をアフリカ東海岸の島に移送するという「マダガスカル計画」を検討したことがあったが、セルナー氏の「モデル国家」はそれを想起させる。ドイツにとって危険な人物だ。
新型コロナウイルスのパンデミックはドイツ国民を含め世界の人々に多くの犠牲を強いてきた。ロックダウンで市中から人々が消えた日々が続いた。ワクチン接種でパンデミックは峠を越えたが、その矢先、ロシア軍のウクライナ侵略で戦争が勃発、その結果、世界経済も混乱が生じ、エネルギー価格の急騰、物価高騰などで人々の生活は苦しくなってきた。そして中東でパレスチナ自治区を支配してきたイスラム過激テロ組織ハマスのテロが起き、イスラエルとの戦闘が始まった。
世相は暗い。ドイツ高級週刊紙ツァイトのオンライン版は毎週末、良いニュースだけを掲載している。平日は暗いニュースが多いから、休みの週末ぐらい「楽しく、良いニュース」を読みたいという読者の要望に応えた企画だろう。
デモ、ストライキが多発する社会や国に住む人々は幸せではない。国民は路上に出て、デモに参加したり、政府への不満を爆発させる。宗教的な気質の人は終末を感じて神に祈り出す。そうではない多くの普通の人々は近未来に対して閉塞感を抱き、そこから抜け出すために処方箋を必死に探す。
ドイツで広がる路上デモ、ストライキに参加する人々の姿をみていると、人々は誰もが幸せを探していると痛感する。それを見いだせない人は失望したり、ニヒリズムに陥る。ある人は自身の不幸の原因を政府や特定の組織、グループのせいにし、その対象に向かって攻撃する。欧米社会に広がる反ユダヤ主義は典型的な例だろう。
CDU幹部の一人、イエンス・シュパーン氏(元保健相)はntvとのインタビューで、「AfDを禁止しても同党を支援する国民の不満や問題の解決にはならない」と指摘している。農業関係者のデモでも政府の補助金削減を撤回すれば、事が済むわけではない。食糧という国家の安全政策に密接な関係がある農業に対する長期的視野からのビジョンが急務だ。それがない限り、農業関係者は何度もトラクターに乗って抗議行進をせざるを得ない。
注目すべき新しい傾向は、ドイツ経済界からAfD批判の声が高まってきていることだ。1人の経済学者は「AfDの党綱領を読むと、同党は最終的にはドイツの欧州連合(EU)離脱を目指している。EU離脱はドイツの国民経済だけではなく、AfD支持者にもに大きなダメージがある」と警告を発している。説得力のある主張だ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年1月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。