民主主義と「史上最大の選挙イヤー」

ドイツのブランデンブルク州の州都ポツダム市近郊で昨年11月25日、極右「ドイツのための選択肢」(AfD)の政治家や欧州の極右活動家のほか、「キリスト教民主同盟」(CDU)や保守的な「価値観同盟」の関係者も参加し、「外国人、移民の背景を持つドイツ人、そして難民を支援する全ての人たちを強制移住するマスター計画」などについて議論していたことが明らかになり、ドイツ国民や政界に大きな衝撃を与えた。その後、ドイツ全土で「民主主義を守れ」という反AfD抗議デモが広がる一方、「AfDを禁止すべきだ」という声が聞かれ出した。ただし、AfD禁止問題では国民は2分している。

米中西部アイオワ州コーラルビルで演説するトランプ前大統領(2023年12月13日、UPI)

ドイツ野党第一党「キリスト教民主同盟」(CDU)のメルツ党首が主張していたように、国民の20%以上の支持率を獲得し、連邦議会で第2野党のAfDを禁止できるかという点だ。換言すれば、民主的選挙という正当なプロセスを通じて国民の20%の支持を得た政党を禁止することは民主主義の精神に反する、という問いかけだ。

ドイツでは1956年、ドイツ共産党(KPD)を禁止して以来、政党が禁止されたケースはない。ドイツでは2017年、連邦憲法裁判所は極右政党NDP(国民民主党)の禁止要請について、「NDPが違憲性のある政党である点は疑いないが、国や社会に影響を与えるほどの勢力はない」として却下した。

それでは、AfDの場合はどうか。AfDは極右過激主義的組織として治安関係者の監視対象になっている州もある。ドイツの政治学者ヘルフリート・ミュンクラー氏は30日、オーストリア国営放送のニュース番組のインタビューの中で、「NDPは勢力が小さすぎるから禁止されなかったとすれば、AfDは大きすぎるから禁止できないと言えるかもしれない」と答えていた。同時に、「民主主義は現在、世界的に守勢に立たされている。私たちは現在、台頭しつつある独裁政権と民主主義との間の世界的な競争の中にいる」と語った。

ドイツの場合、独裁者ヒトラーが武力行使(革命)で政権を掌握したのではなく、民主的プロセスを経てナチス政権を発足させ、ユダヤ民族の虐殺などの戦争犯罪を犯す道を歩んでいった、という苦い体験がある。ドイツ国民には民主主義に懐疑的になる歴史的な事情がある。

ミュンクラー氏は、「民主的立憲国家は『減速の原則』に基づいている。決定の際は間違いを回避し、感情や非合理性な思考に振り回されないように注意し、専門家からのアドバイスに耳を傾ける。これらの民主的なプロセスは長い」という。

IT時代を迎え、迅速な意思決定が求められる世界に入った。決定が必要な時、決定が下せないという状況に陥る。多くの事例が裁判所に持ち込まれ、最高裁判所で最終的な判決が下されるまで多くの年月が必要となる。「民主主義では意思決定ができず、前に進めない」という考えが多くの人々の中に定着していく。

決断は迅速に下さなければならない。だから、私たちは自然と決断力のある強い指導者を探し求める。一種の独裁者待望論だ。ミュンクラー氏は「AfDの台頭や右翼ポピュリズムは民主主義への警告のサインだ」というのだ。

「民主主義の危機」という認識は久しい。例えば、スイス公共放送(SRF)のスイス・インフォのヴェブサイトでは民主主義について長い連載を掲載している。スイスの法学者マーク・ピエト氏は、「中立には疑問が付され、金融センターとしての地位も危うく、政治はビジョンに欠ける。スイスのアイデンティティーを支える柱が揺らいでいる」と警告を発し、スイスのバリューチェーン(価値の連鎖)の中核を為す前提条件が疑問視されていると受け取っている。スイスは直接民主制で、選挙と国民投票によって政治的、経済的課題について決定を下してきたが、そのスイスでも直接民主主義が果たして国家の繁栄と発展に通じるかといった問題が浮上してきたのだ。直接民主主義の要である国民投票の投票率は年々低下傾向にある。

2024年は約80カ国で選挙が実施される「史上最大の選挙イヤー」(英誌エコノミスト)だ。米ロの大統領選、世界最多人口のインド、パキスタン、インドネシアなど、総人口45億人が投票場に足を運ぶ。選挙が民主主義の要とすれば、2024年は民主主義の真価が問われる年といえるわけだ。

ただし、選挙には不正や腐敗が付きまとい、民主主義についても制度的欠陥が明らかになってきている。その結果、「強い指導者」を待望する声が高まってきている。「史上最大の選挙イヤー」は民主主義の勝利である一方、大きな危険も孕んでいるわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年2月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。