ドイツ右翼保守団体「価値連合」の動き

ドイツ連邦議会で第2野党「ドイツのための選択肢」(AfD)は極右政党として知られているが、「価値連合」(Werteunion)と呼ばれる右翼保守団体がここにきて政党の創設を目指してきた。同グループの中心人物は独連邦憲法擁護庁(BfV)長官だったハンス・ゲオルグ・マーセル氏(61)だ。奥さんが日本人で日本のメディアでは親日派として知られている(「更迭された独長官の奥さんは日本人」2018年09月22日参考)。

「価値連合」の連邦議長ハンス・ゲオルグ・マーセン氏 同氏SNSより(編集部)

「価値連合」は2017年3月に創設当初、メンバーは「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)の右派メンバーが大多数を占め、メンバー数は4000人と推定、政治信条はCDU/CSUのそれに似ているが、AfDに対しては既成政党と異なり、排斥するのではなく、政策ごとに是々非々で検討、連携がプラスと判断すれば協調していく姿勢を取っている。そのため、他の政党からだけではなく、CDU/CSUからも「価値連合は極右派グループ」と受け取られてきた。

同連合のリーダー、マーセル氏はCDUの党員だった。そしてBfV長官に就任し、順調にその政治キャリアを積んでいたが、同氏の政治生命が大きく変わることになった契機は2018年8月26日から27日にかけてドイツ東部ザクセン州の第3の都市、ケムニッツ市で発生した難民と極右グループの衝突事件だ。35歳のドイツ人男性が2人の難民(イラク出身とシリア出身)にナイフで殺害されたことから始まった。極右過激派、ネオナチ、フーリガンが外国人、難民・移民排斥を訴え、路上で外国人を襲撃。それを批判する極左グループと衝突し18人が負傷するという事件が発生したのだ。

メルケル首相(当時)はその直後、「法治国家で路上で難民や外国人が襲撃されることは絶対に許されない」と極右グループの蛮行を厳しく批判した。それに対し、マーセン長官は日刊紙ビルトとのインタビューで、「ケムニッツ市の暴動を撮影したビデオを分析した結果、極右派が外国人や難民を襲撃した確かな証拠は見つからなかった」と述べ、極右派が難民を襲撃しているビデオに対して「信頼性に疑いがある」と述べたのだ。事件当日、「極右派が外国人や難民を襲撃した」、「一部でリンチが行われた」といった情報がメディアに流れたが、長官の発言はそれを否定するか、疑いを投じたわけだ。メディアには「マーセン長官はAfDに近い」という批判まで飛び出してきた。

ゼーホーファー内相(当時)はマーセン長官を呼び、事件の真相を問いただす一方、メルケル大連立政権の社会民主党(SPD)からは長官の辞任を要求する声が高まるなど、マーセン長官の発言は“政権の危機”にまで発展していった。最終的には、マーセン氏はBfV長官のポストを失い、ゼーホーファー内相の顧問として次官級の地位に就いた。マーセン長官自身は、「私はビデオを見た感想を述べただけに過ぎない」と発言し、理解を求めたが無駄だった。移民問題でリベラルな政策を取ってきた16年間のメルケル政権時代、CDU/CSU内の保守派には不満の声が燻ぶっていた。マーセン氏はその一人だったのだろう。

その後、マーセン氏は今年1月、CDU内からの党追放の声もあって、CDUから離脱し、「価値連合」の連邦議長として政治活動を継続していくことになった。そして「価値連合」のメンバーは1月20日、エアフルトで開催した連邦会合で、テューリンゲン州、ザクセン州、ブランデンブルク州の州選挙に間に合うように独自の党の設立を目指すことを決定している。

マーセン氏は「野党になることが目的ではなく、政権を握ることが目的だ。われわれはドイツの政策変更を望んでいる」と強調、AfDとの関係については、「AfDとの協力関係に対して連合政権を築く考えはないが、厳格な境界を設けるつもりもない」と述べ、ある程度はAfDとの接触や協力を許容する可能性があることを示唆している。ただし、具体的な協力形態や範囲については述べていない。

マーセン氏はBfV長官の職を辞して以来、時には反ユダヤ主義、右翼過激派、陰謀論者とみなされる政治的発言で注目を集め、周囲で物議を醸してきた。BfVは現在、元BfV長官のマーセン氏を右翼過激主義者として監視対象としている。それに対し、マーセン氏は「私を監視対象とする如何なる実証的な証拠はない」と反論している。

「価値連合」が新しい保守派政党として発足し、CDU/CSUへのライバルとなるか、AfDとの政策連合を模索する右派政党の道を行くか、ここしばらく注視していかなければならない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年2月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。