日本製鉄のUSスチール買収は出来るのか?

※このネタは一昨日に既に書き終えていて早くアップすればよかったのですが、今日になってメディアはこの話題で盛り上がっています。メディア情報による書き直しはしていませんのでよろしくご理解の程、お願いします。

日本製鉄が昨年USスチールを買収することで合意したとのニュースは様々な余波を生み、アメリカ国内、そして挙句の果てにアメリカ大統領選のネタにまでなっています。トランプ氏は極めて明白に買収を否定しています。果たしてこの買収が認められるのか、考えてみたいと思います。

日本製鉄の剛腕社長、橋本英二氏が社長としての最後の大仕事となったのがこの買収合意でした。橋本氏はこの合意を見届けた上で自身の社長辞任、会長への就任を発表、社長には現副社長で橋本社長自ら「私をはるかにしのぐ知力と胆力の持ち主。脱炭素では世界の鉄鋼業界のエンジニアを集めてもかなわない」(日経ビジネス)と言わしめた今井正氏に譲ります。但し、橋本氏は引き続きUSスチール案件を今井氏と共に担当する予定です。その橋本氏は今回の買収について1月11日の社長交代の記者会見の際、「11月の大統領選挙までに結論が欲しい」と述べています。これは橋本氏には当然計算ずくのことだったと思います。

買収発表時には既にトランプ旋風が吹き荒れ始めており、仮にトランプ氏が再び大統領になるような流れとなれば「反対!」と声を上げることは予想出来ました。なぜ、トランプ氏は日鉄によるUSスチールに反対なのでしょうか?ズバリ、氏は「アメリカ版国粋主義者」だからです。いわゆる国家主義者とも言えるでしょう。トランプ氏が大統領だった際、アメリカ企業のレパトリ(国内回帰)を訴えました。そして強いアメリカをまた作る、と言い続けているのです。

トランプ氏は弱者救済を戦略の一つに掲げているため、アメリカの弱体化した鉄鋼業界の労働者を守るとすることで自身の選挙対策にしたいわけです。非常に読みやすい話です。では、鉄鋼業界の労働者は日鉄に買収されることでクビを切られるなどのリスクが顕在化するのか、あるいはアメリカ企業よりも派手にリストラ断行をするのか、と言えばにわかには信じられません。但し、橋本社長は儲からない高炉を止める英断をし、トヨタにケンカを売るなど日本人離れした発想があるのでここは断じることはできません。

一方、日本とアメリカは長年の安定したアライアンスの関係にあり、この買収が国家安全保障上の問題になるとは思えないというのがワシントンの基調であります。ただ、アメリカ人が日本人に買収されるのが好きかどうかは別問題なのです。これは表現をするのにやや躊躇しますが、アメリカ人は自分の上に日本人がいるのは嫌なのです。人種差別というよりアメリカは常にNo1でなくてはならないという意識があるのです。これは野球を見ていてもいかにして日本人にタイトルを取らせないようにするか、巧みに邪魔をしています。これと同じです。

一方、産業界はどうか、といえばブルームバーグによれば取引業者や需要家は歓迎とし、従業員も同社買収で名乗りを上げていたクリーブランドクリフスに比べて雇用ははるかに安定的とみています。

よって今回の日鉄のケースは政争の具とされる可能性が高いのです。では、バイデン氏はどう見ているのかというと2月2日に組合がバイデン大統領からpersonal assurances(個人保証)を貰ったと発表しています。ただし、この個人保証が何を意味しているのか、バイデン氏も買収阻止に走るのか、労働者の雇用を守ると言っているのか判断できない状態です。

ではお前ならどうするかと聞かれれば、私が社長なら以下の戦略を取ります。

  1. USスチールと鉄鋼業界の組合に日鉄が雇用の確約を入れ、今回の買収が平和的であること。また長期的にUSスチール、ひいてはアメリカ鉄鋼業界に最新の技術をもらたし、アメリカ自動車業界などの長期繁栄につながると申し入れ、組合とコミュニティラインを作り上げること
  2. バイデン氏の個人保証を担保し、バイデン氏の顔を潰さないことを条件に買収審査を速やかに進めてもらうようバイデン氏に伝えるとともに議員へのロビー活動を継続すること
  3. 岸田首相の4月のアメリカ公式訪問の際に岸田氏からバイデン氏へ働きかけをしてもらうこと
  4. トランプ氏へ書簡を送り、トランプの政争の具にさせないこと
  5. バックアッププランとしてUSスチールの持ち株会社への移行を検討し、日鉄がUSスチールの直接のオーナーではなく、持ち株会社を通じた所有形態にしてアメリカ人の感情を和らげる策を念のため検討すること
  6. 橋本社長自身がアメリカで直接交渉に臨むこと

サラサラ書きましたが、なかなかこれは大変な作業なのです。ただ、橋本/今井体制なら強力であり、可能だろうと思います。むしろこの話が大統領選で潰された、というのは禍根を残すことになります。その為にも一企業同士の話ではなく、政府間のサポートを期待したいところです。岸田さんもアメリカに飯を食いに行くだけではなく、お国のために汗をかいてもらいたいところです。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2024年2月8日の記事より転載させていただきました。