脳内で記憶を管理する場所は海馬と呼ばれる。2014年のノーベル生理学・医学賞に英ロンドン大のジョン・オキーフ教授、ノルウェー科学技術大のマイブリット・モーザーとエドバルド・モーザー夫妻の3人の脳神経学者が受賞したが、3氏は「場所細胞」と呼ばれる機能を有する脳内の海馬について研究し、記憶の仕組みを解明したことが授賞理由だった。
なぜ突然、海馬の話をするかというと、バイデン米大統領が過去に会談した政治家の名前が出てこなくなったり、最近では長男の亡くなった年月を忘れてしまうという状況がメディアで報じられ、世界最強国・米国大統領の海馬について懸念しているからだ。81歳と高齢だから、時には忘れることはある。しかし、バイデン氏は米大統領だ。そして今年11月の大統領選で再選を願っている人物だ。その海馬が正常に機能しないとすれば、バイデン氏個人の問題ではなく、世界の問題といわざるを得ないのだ。
当方は脳神経学者でないから、音楽の都ウィーンからワシントンのバイデン氏の海馬の状況について遠距離診察をする考えはないが、やはり心配だ。世界は2024年に入り、多くの予言者が語っていたように、戦争、紛争、混乱、天災、人災が起きてきている。その時、米大統領の海馬がうまく機能せず、紛争解決や調停工作で支障が生じたらどうするのか。大統領選でバイデン氏が勝利しようが、トランプ氏(77)がホワイトハウスにカムバックしようが、両者は高齢者だ。トランプ氏の海馬は今のところ大きな支障がないみたいだが、決して大丈夫だとは断言できない。米国の政界には健全な海馬をもつ若い政治家はいないのか、とついつい呟きたくなる。
当方はコナン・ドイルの名探偵シャーロック・ホームズとアガサ・クリスティ(1890~1976年)の名探偵小説の主人公エルキュール・ポワロが大好きだ。彼らに共通していることは記憶力が抜群だという点だ。シャーロック・ホームズは「マインドパレス」(記憶の宮殿)という言葉をよく表現するし、ポワロは「小さな灰色の脳細胞」という言葉が口癖となっている。
シャーロックは初めて会った人物のプロフィールをその外観や言動から素早く読み解く。彼は頭の中で事実を整理し、過去の情報を引き出しながらプロフィールを構築していく。その観察力はすごい。彼が「マインドパレス」を訪れている時、周囲に静かにするように求める。集中力が妨げられるからだ。シャーロックの記憶宮殿は脳内の海馬だろう。それも異常に発達した海馬ではないか。ポワロの場合も「小さな灰色の脳細胞」は海馬のことだろう。
興味深い点は、超記憶力の持ち主がテレビや映画の犯罪シリーズで頻繁に登場することだ。例えば、米テレビ番組「クリミナル・マインド」のFBI行動分析課捜査官の1人、スペンサー・リード博士は先天的映像記憶力の持ち主で、1度読んだ書物の内容を忘れない。ニューヨークの大手法律事務所の世界を描いて人気を博した米TV番組「スーツ」では主人公の1人、青年マイク・ロスは六法全書を丸暗記している。最近では、犯罪サスペンス「アンフォゲッタブル」の女刑事キャリー・ウェルズもその1人だ。1度見た人間、風景を決して忘れないという超記憶力の持ち主だ。
現代は記憶力のいい人を「頭のいい人」と評し、逆に記憶力の悪い人は「あの人は頭が悪い」というレッテルが貼られる世界だ。その意味で情報が氾濫している現代でバイデン氏が指導者の役割を果たすことは大変だ。同情に価する。日本最大の言論プラットフォーム「アゴラ」の主宰、池田信夫氏は「バイデン氏は裸の王様だ」と評している。米民主党は迅速にバイデン氏に「あなたのマインドパレスはもはや正常に機能していない」と告げて、彼の代わりの候補者を探すべきだというわけだ。
外遊先でバイデン大統領が外国元首と会談する際、その傍にはブリンケン米国務長官が心配そうな顔をしながら、大統領の言動を追っている姿をニュース番組で見ることが多い。マクロン大統領をミッテラン大統領(1996年死去)と間違えたり、メルケル首相をコール首相(2017年死去)と間違ったりする話を聞く度にバイデン氏の海馬が正常に機能していないことを感じる。
ところで、マクロン氏をミッテランと間違えた場合を考えたい。「マクロン」も「ミッテラン」も「M」から始まる名前だ。バイデン氏の海馬には無数の記憶の棚があって、それらがアルファベット順に整理されているとすれば、バイデン氏は海馬の中で国別では「フランス」を選んだ後は「M」から始まる棚を開けたまでは良かったが、「マクロン」という記憶の傍にあった「ミッテラン」を引き出してしまったのだ。メルケル首相をコール首相と間違えた場合、ドイツの政治家に関する記憶が保管されている棚から引き出すまでは良かったが、情報がアルファベット順に整理されていなかったので、「コール」という名前を選んでしまったのではないか。
バイデン氏は「マインドパレス」の無数の記憶の棚からカテゴリーを先ず選別し、そこからサーチしている情報を引き出す作業プロセスに支障があるのではないか。例えば、バイデン氏が日本の岸田文雄首相に言及しようとした時、パレスの個人名のアルファベットの「K」を開けばいいが、国別の棚から「K」を探せば、韓国という国名が先ず目に入る。その結果、バイデン氏の口から「韓国の岸田首相は」といった話が飛び出す。笑い事では済まない。
参考までに、最近は公聴会や聴聞を受けた政治家が「記憶はありません」と発言し、責任や追及を逃れるケースが見られる。記憶を司る「海馬」をもてあそぶようなことは慎むべきだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年2月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。