ウクライナ戦争「3年目への行方」

ウクライナのゼレンスキー大統領は8日、軍最高指導者のザルジニー総司令官を解任し、後任に軍ナンバー2のシルスキー陸軍司令官を抜擢し、9日には新しい参謀総長にバルヒレビッチ少将が就任すると発表した。バルヒレビッチ氏がシャプタラ氏の後任となる。この任命はシルスキー総司令官の提案により行われた。

ゼレンスキー大統領がザルジニー前総司令官にウクライナ英雄の名誉称号を授与(2024年2月、ウクライナ大統領府公式サイトから)

シルスキー新総司令官は、「ロシアの侵攻を防ぐために無人兵器システムと電子戦の使用を拡大したい。戦争の手段と方法の変化と絶え間ない改善によってのみ戦いに勝利できる」として、前線の軍隊に欧米兵器を迅速かつ正確に供給することが重要であると述べている。

ゼレンスキー大統領の軍トップの人事について、欧米メディアでは大統領と国民的人気のあるザルジニー総司令官の間に意見の相違が表面化していたからだ、といわれてきた。ただ、ロシア軍がウクライナ東部・南部で激しい攻撃を展開している時だけに、ウクライナ軍指導部のチェンジはタイミングは良くなかったが、ゼレンスキー大統領は軍指導部の刷新を決断したのだろう。具体的には、昨年夏以降のウクライナ軍の反攻作戦が、キーウが願っていたような成果が上げられなかったことから、今回の軍指導部の人事となった。

シルスキー新総司令官のプロフィールを少し紹介する。58歳の新総司令官は前任者のようなカリスマ性はないが、軍指導者として2022年2月のロシア軍のキーウ制圧作戦に対して、首都を防御した指導者として成果を挙げた。同年4月にキーウ地域からロシア軍が撤退した数日後、ゼレンスキー大統領は同年4月、この無名の将軍に同国の最高賞である「ウクライナの英雄」の称号を授与している。その半年後、ウクライナ軍がハルキウ北東部でロシア軍に大敗を与え、撤退を余儀させたが、その時もシルスキー氏の軍指導者の能力が評価された。

ゼレンスキー氏は守勢に立っているウクライナ軍の立て直しを「ウクライナの英雄」に期待したわけだが、軍指導者としての大きな成果にもかかわらず、国民から賞賛され、兵士たちから慕われていた前任者ザルジニー氏ほどウクライナ国民には知られていない。

ウクライナでは現在、疲弊した前線部隊の交代と新たな兵士の動員が議論されている。法案が議会に提出されている。この動員問題は、ゼレンスキー大統領が8日に解任されたザルジニー前総司令官との間で合意に達しなかったテーマだ。

ただ、軍事大国ロシアとの戦争では最重要な点は現場の軍指導者の手腕というより、欧米諸国からの先端武器の供与が勝敗を左右する最大の要因である点には変わらない。シルスキー総司令官が願っている無人兵器システムと電子戦の使用も欧米諸国からの提供なくしては実現できない問題だ。クレムリンのペスコフ報道官はウクライナ軍のトップ人事について「モスクワとキエフの間の戦争の行方に如何なる変化ももたらさない」と冷静に述べている。

一方、ロシアのプーチン大統領は6日、元FOXニュース司会者のタッカー・カールソン氏とのインタビューの中で、「米国はウクライナへの武器供与をストップすべきだ。米国が武器供与を停止するならば、停戦も短期間で可能だ」と指摘、ウクライナのその後について、「米国と交渉する用意がある」と示唆している。

ちなみに、ロシア軍の北大西洋条約機構(NATO)のポーランドやバルト3国との戦争の可能性について、プーチン氏は「そんな考えはない」と即座に否定している。インスブルック大学の政治学者、ロシア問題の専門家、マンゴット教授は、「プーチン大統領は核兵器は別として通常兵器での戦争ではロシア軍はNATO軍との戦いで勝利のチャンスがないことを知っている」と分析している。

ゼレンスキー大統領は2022年10月11日、主要7カ国(G7)諸国の首脳に対し、ロシアの脅威を克服するために「平和の公式」を発表している。その中では、「敵対行為を停止するには、ロシアはウクライナ領土からすべての軍隊と武装組織を撤退させなければならない。国際的に認められているウクライナの国境に対する完全な支配権を回復する必要がある」と明記されている。ゼレンスキー氏はロシア軍が占領しているウクライナ領土の20%余りを奪い返すまではロシアとの停戦は考えられないというわけだ。

それに対し、プーチン氏は先の米ジャーナリストとの会見の中で、「ウクライナでのロシアの占領地を認めるならば、交渉もあり得る」と指摘する一方、ゼレンスキー大統領との交渉ではなく、米国との交渉の用意があるというのだ。

プーチン大統領の関心はゼレンスキー大統領の提案にあるのではなく、米次期大統領選の出方に注がれていることが分かる。例えば、ウクライナへの支援停止を主張するトランプ氏が大統領に復帰すれば、プーチン氏としてはトランプ氏との交渉でウクライナの未来を決定するというのだ。

なお、ウクライナへの最大支援国・米国の連邦議会は総額1105億ドルの「国家安全保障補正予算」の承認問題で共和党と民主党の間で対立を繰り広げている。補正予算のうち約614億ドルがウクライナへの援助に充てられているが、共和党議員の中ではウクライナ支援の停止、ないしは削減を要求する声が高まっている。

ロシア軍がウクライナに侵攻して今月22日でまる2年目になる。その日を前に、ゼレンスキー大統領は軍のトップを換えることで再反攻作戦への準備態勢を敷く一方、プーチン大統領は米メディアとのインタビューを通じて、米国にウクライナの停戦交渉を呼び掛けたわけだ。ウクライナ戦争の「3年目」への両大統領のスタートポジションは明らかに異なっているのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年2月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。