佐々木麟太郎選手のスタンフォード大進学に関する教育学的視点

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スポーツ選手獲得を巡る日米大学競争

花巻東高校野球部のスラッガー、佐々木麟太郎選手が米国のスタンフォード大学に進学するというニュースが飛び込んで来た。

花巻東 佐々木麟太郎が米スタンフォード大進学へ 大学側が発表

花巻東 佐々木麟太郎が米スタンフォード大進学へ 大学側が発表 | NHK
【NHK】高校球界屈指の強打者でプロ野球志望届を提出せずにアメリカの大学に進学する意向を示していた岩手県の花巻東高校の佐々木麟太郎…

将来のメジャー挑戦を睨んでの選択という憶測も一部にはあるようだが、同じ高校の先輩に菊池雄星選手、大谷翔平選手という大スターがいるのだから、同じ夢を描いたとしてもさほど不思議はない。

高校通算140本塁打のスターが米国の大学に進学するというだけでも世間の耳目を集めるには十分だが、その進学先が名門スタンフォード大とあっては嫌が応でも大きな話題にならざるを得ない。何故なら、ここで言う名門とは次のように様々な意味があるからである。まず、学術部門での卓越性は内外でつとに知られるところだ。世界大学ランキングで何位という事実を持ち出す報道もあるが、米国内でも東のハーバード、西のスタンフォードは名門大の双璧という評価が定着している。

さらに、同大はゴルフのタイガー・ウッズ選手を輩出するなど、スポーツの名門でもある。バスケットボールやフットボールは特に人気がある。それに比べ、先に挙げたハーバードを含む東海岸の私立大学群、いわゆるアイビーリーグの各校は、現在ではどのスポーツも全米規模で活躍出来るほどの実績を上げているとは言えない。教育や研究を優先した結果と言われるが、スタンフォードはこれらの大学とは異なる選択をした。いわば、学術もスポーツもというわけである。

大谷翔平選手の二刀流を持ち出すまでもなく、敢えて二兎を追い困難な道を行くスタンフォード大の姿勢にはファンが多い。おそらくそこに、米国の人々は何らかの夢を見ているのだろう。

先日(2月9日)偶然、ハワイ大とスタンフォード大の男子バレーボールの試合を現地ホノルルで観戦する機会があった。会場は超満員。周辺は駐車場の空きを待つ自動車で溢れていた。この日の前後に、より人気のある男子バスケットボールの試合が別の大学との間で行われたのだが、観客の数はここまで多くはなかった。

地元の人によれば、ここまで人気を呼んだ理由として、ハワイ大の男子バレーが2021年と2022年の全米王者だということもあるが、それ以上に相手が西海岸の強豪スタンフォードだということが大きいと言っていた。スタンフォードのスポーツは大人気なのである。同大はこの意味でも名門と言って良い。

しかし実は、米国の大学ならどこでも大なり小なり二兎を追っている。スポーツ選手と言えども学生の一人であるからには、勉強でもある程度の成績は収めなければならないのだ。かつて、陸上競技の短距離走者サニブラウン選手が、今回の佐々木麟太郎選手同様、日本の大学ではなく米フロリダ大に進学したが、その理由として「充実した学業面のサポート」が決め手だったと明かしている注1)

またそれ以前に、同じくフロリダ大に進学したスポーツ選手に元プロゴルファーの石田(旧姓:東尾)理子さんがいる。米国では勉学で一定の成績を収めないと試合には出られない、と彼女は語る。

ここで重要な役割を担うのが、アカデミック・アドバイザーと呼ばれる専門職の人たちである。日本語では学習(修)支援職と訳されることが多いが、日本でのそれが何でも相談なのに対して、米国での学習支援は、キャリア、留学、心理、勉学(学術)と細分化されていることも多い。また、日本でのそれが概ね受け身(=学生が相談に来て初めて助言する)なのに比べ、米国のアカデミック・アドバイザーはより積極的である。

例えば、大学のスポーツチームが学期中に試合や合宿で遠征するといった時には、アカデミック・アドバイザーが帯同することも珍しくない。勉学上の遅れを少しでも小さくするために、専門職が選手の傍にいて絶えず助言するのである。実際、先の石田理子さんも、在籍時に必要な成績を確保する上でアカデミック・アドバイザーの存在が大きく役立ったと述べている注2) 。佐々木麟太郎選手も将来、同様の恩恵にあずかることはまず間違いない。

米国にはさらに、こうしたアカデミック・アドバイザーたちが集う学会兼職能集団であるNACADAという大きな組織がある。National Academic Advising Associationの略で、筆者自身も会員であり、2年間(2020-2022)国際委員を務めた。年に一度全国規模の総会が開かれるが、体育会の学生(student athlete)に対する適切な助言方法に関しては、毎年継続的に分科会が持たれ、会員間のより専門的な研鑽が図られている。

もし日本の大学にも似たような制度があったなら、2023年の日大のアメフト部のような不幸な事件は起きなかったかもしれない。日本の大学は入試や選抜には大きなエネルギーを使うが、学生(スポーツ特待生)として入学させた後のケアは非常に弱いと感じる。スポーツ強豪校として知られる私立大も、そうでない国公立大も、この点では本質的に同じである。

学生がどれほどスポーツに優れた能力を発揮したとしても、彼らはまだ若い。伴奏者が必要なのである。

注1)「『文武両道』求め米留学 大学 手厚い学業サポート」2017.7.7 読売新聞朝刊
注2) 前掲の読売新聞記事